あたしは実ることのない恋をした
......それでもアナタがいる限り、あたしは舞うわ
BALANCE GAME
ANOTHER STORY
刹那蝶が舞う瞬間
「あ、蝶だ」
あたしが声に出してそう言うと、葉っぱに止まっていた蝶は空に弧を描き始めた。あたしは思わず蝶を目で追った。蝶の羽に刻まれた模様はきりっとした黒で描かれていて、それが何ともまた綺麗。その羽で弧を描くもんだから、つい見とれてしまった
ひらり、ひらり
ふわり、ふわり
何の変哲もない午後の広い空をその蝶が舞えば、この空の蒼さが深みを増したのか、透き通ったのかは何とも言えないけれど、それでも何か空が変わったような気がするのは紛れもない事実。蝶はこの空に何かをもたらし、何かを変えた。生憎蝶じゃないので何をあげて何を変えちゃったのかは分からない。でも.....すごいよね。それって。たった一つだけの空の何かを変えちゃうなんて。それを可能にした1匹の蝶のように
ふわり、ふわりと
美しく
ひらり、ひらりと
華麗に
舞えば...........
彼はあたしのことを見てくれたかなぁ?.....でも、もう遅いけどね
なーんて、中庭に咲いてる綺麗な花の前に立ちながらそう思っていた。周りには人がちらほらいるだけで、花壇の前に立っているのはあたし1人。遠くの方からは賑やかな声が耳に入ってくる きっともう部活が始まりだした。帰宅部のあたしは放課後と言うのは暇で、暇だからこうやって花を見て時間を過ごすことが多い。かと言って部活に入る気もさらさらないし、家に帰って勉強する気にもなれない。友達も今日は塾や、部活やらであたしと遊んでくれない.....まあ、別にいいんだけどね。他にやることがあるでしょ?と言われたら、否定は出来ないけれど
もう、いいの
あたしが何をしたって....何も変わらないから
だから今日もまた、花を眺める......綺麗だなぁって思いながら。その園芸部の人たちが心を込めて咲かせた花に、さっき舞ってた蝶が止まれば....鮮やかな色を放つようになるのも不思議だね
「きゃ?!」
「.....え、あ、ごごごごめん!!!!」
「いたたたた.....」
「あたし、邪魔な所に突っ立ってたよね。本当にごめん!大丈夫?」
「うん、大丈夫....ってぼーっとしてた私が悪いの....こちらこそごめんね」
物思いに耽っていた 他人から見たら現実逃避をしていた。だから、自分が邪魔になっていることに気付かなかった。ふと背中に強い衝撃を感じ、ドサっと鈍い音が聞こえる。はっと気付いて、後ろを振り返ってみたけれど.....あれ?誰もいない?.....と思いきや、下に目線をやれば......いるじゃない
地面に座り込み俯く女の子が。俯いているから、具合でも悪いのかなと思ったけれど....少し違う意味だね。これは。元気、といえばいいのかな?それがない、このコには。長い睫毛をおろし気味なのが何よりの証拠だよ
.......って、そんなことはとりあえずおいといて。あたしは慌てて、その女の子に謝った。そして、反射的にその女の子に向けて手を差し出した
蝶はその瞬間、また空に舞い上がってどこかへ行ってしまったけれど、それどころじゃない。あたしは図太くて頑丈だから全然平気だけれど、この女の子は見るからに女の子っぽくて...だから、怪我とかしてたらどうしようと無性に焦っていた。そんなあたしを他所に、そのあたしの手に気付いたその女の子はゆっくりと顔をあげる
.........あ
このコ.....あたし、知ってる
というより、このあたしが知らないわけがない
だって、このコは彼と仲のいい女の子
「.......6組のさんだよね?」
「え、うん。そうだけど.......えっと....」
「あたしは3組の。」
「あ、そっかぁ。ありがとう」
あたしが名前を呼ぶとひどく驚いたような顔をした彼女。ちゃん。このコともう1人....確かさんと、そして、女子に超絶人気を誇る不二君と......彼は『36グループ』として仲のいいということは学校内で知らない人はいない。ただ....最近はあまり一緒にいることを見かけなくなったけれどね。それも学校中に広まり、下らない噂まで立っている
.....ってそんな説明は、今いらないよね。うん。だからおいといて。彼女はとにかくひどく驚いたような顔をしていた。え、どうしたんだろう?と最初は思ったけれど.....ああ、なるほどね。彼女はあたしの名前を知らないんだ.....あたしのことを知らないんだ。そのことに気付いて、あたしが名乗ると....彼女はゆっくりと花開くように微笑んだ
きっと、蝶も魅せられる...そんな微笑み。さっきのどこか儚げな表情とは正反対だ。彼女があたしの手をとり、そして立ち上がったときにその笑顔が丁度満開になった。そのとき彼女の笑顔を見て....あたしはすぐに思ってしまった
可愛いと
たとえを使うなら、そう路上に咲く名前も知らない小さな可愛らしい花。その花は可愛らしい、一目見てそう思える。それに付け加えて、路上で健気に咲くその姿に愛しさすら感じられる...そんな笑顔
彼女の微笑みは、そこまで言っても過言じゃないほど可愛らしかった
あたしという名の花と彼女という名の花
蝶は迷わず選ぶだろう.........彼女という名の花を
必死に舞うあたしのいう名の蝶と優雅に舞う彼女という名の蝶
彼は迷わず選ぶだろう.........彼女という名の蝶を
彼と適わないし、彼女に敵わない、それにこの想いは叶わない
「.....いいなぁ....」
「...何が?」
パンパンとスカートについた埃を掃う彼女
丁寧に掃う彼女の姿も可愛らしくて、というより彼女を可愛いと思ったら全てにおいて可愛く見える。そんな彼女が急に呟いた。また何処かへいっていたあたしは我に返り、聞き返す。今度はあたしが?を飛ばす番みたいだ
だって、いきなりだったから全然話が見えないし....何がいいのか分からない。だから、尋ねた
何が?って
そしたら、彼女はまたさっきの微笑みを浮かべた。......蝶がまた戻ってきたのは、そのせいかもしれないね
−−−−彼女を綺麗な花だと勘違いした蝶は舞い続ける
「さんは素敵な女の子だねぇ」
「へ....?」
「だって、こうやって躊躇いもなく手を差し出せる優しさをもってるんだから....」
「.....さん...?」
「素敵だよ。さんって。........羨ましいな」
その言葉と笑顔を残して、また今度ゆっくりお話しようねとあたしに大きく手を振り去っていく彼女。そんな彼女の後ろ姿を見送りながら....あたしは立ち尽くすすべしか今は頭に浮かばない。彼女の言葉を素直に受け入れないあたしが....素敵な女の子?.......飲み込みこめない
それは、さっき彼女の周りを待っていた蝶があたしの理性を奪って舞い上がったからだろうか?
........あたしの理性は空に舞う
あたしに何があろうがあるまいが....舞い続けるのだろう
.........どうして、彼女はあたしにそんなことを言うのだろう?あたしのことを羨ましいだなんて....どうしてそんなことを思うのだろう?あたしは....彼女が羨ましいという醜い感情に押しつぶされそうになっているのに。あたしは彼女のような女の子になりたいと無茶な願いをいつでも願っているのに
......羨ましく思っているのはきっと....あたしの方が何倍も思ってるよ
私には...彼女の方が素敵な女の子だと思うよ。だから...彼は彼女の方を選んだんじゃないの.....
「.........あー......」
そんな先の見えないようなことを考えてたあたし。そんなあたしの足は、知らぬ間に動いてた。向かってた。進んでた。どこかっていうのは.......テニスコート。もう目の前にはテニスコートが見え、テニスをする部員の姿も見える。スパンと鋭い音、スコーンと爽やかな音、パコーンと何かがはじけたような音。テニスコートはいつもそんな音で賑やかだ。むろんそんな場所にあたしは関わりすらない
それなのに.....どうしてあたしはテニスコート前にいるのかな?自分でもよく分からない。......本当に訳分からない。もう何考えてんのか分からない.....自分のことなのに
どうしてあの人の姿を探してしまうのか、なんて
「......あれ、いない」
あの人がいないことに気付き....残念に思ってしまう理由は嫌でも分かるけれど。いないと分かっていても、それでも見つけようと探してしまう自分が未練たらしいとも思う
........だけど、それでも
彼の姿を一目でも見たいと思ってしまう。探してしまう。足が勝手に動き出す
.......もうこうなりだしたら止まらないの、この気持ち。これじゃあ前に進めないって分かってるのに、どうしても止められないの.....。このあたしでも無理なんだから、絶対に誰にも止めることは出来ないわ
「.......あ」
トクン、鼓動が高鳴ることを感じた。どんどんと、鼓動は弱まるどころか強まる一方−−−−あたしの目はやっと彼の姿を捉えた
テニスコートから少しはなれたところにある、校内1高い木にもたれ、彼女と同じように元気なさげに俯く彼の姿。いつも元気な彼のそんな姿を見て、思わず声をかけそうになった
.......けれど、何故か躊躇ってしまう
その原因はというより理由は.....あたしは彼の瞳に映ったことがないから。彼はあたしのことを知らない.......あたしの想いは明らかに一方的なものだから
.........あ、彼が顔をあげた。大きく伸びをして、ふと右に顔を動かす。そして彼が左に顔を動かした時......彼の目とあたしの目が合ってしまった
彼の大きな瞳は綺麗すぎて、怖い。吸い込まれそう。舞った跡も全部、全てが吸い込まれてしまいそう
「.......えっと」
「..........」
沈黙が流れる
「.......確か5組の宮里さんだっけ?」
「.......3組のです」
「え、あ、ごめん!ちなみに俺は6組の菊丸」
「知ってるよ!......だって、有名だもん」
「...あー、もしかして名前間違えたこと怒ってる?」
「え...?」
「でも俺ねー、さんの下の名前なら知ってるよ?」
「な、何で?」
「時々友達とテニスコートに応援しに来てくれたじゃん?その時、呼ばれてたっしょ」
「......知ってたんだ?」
「もちろん!ちゃんだよね?」
「...うん」
「ビンゴ♪」
さっきの元気なさげだった顔を魔法のように180度回転させて。あたしにに向かってニカって笑ってくれる彼、菊丸英二君。.........あたしにとって遠い憧れだった人
あたしの.....想い人なんだ....彼は
今まで、あたしは彼の瞳に自分は映っていないと思ってた。でも、彼の言葉を聞くと....僅かでも瞳に映してくれてたんだ。そう自惚れると.......嬉しい。今なら、あたし雲の上まで舞える気がする嬉しさをばねにして、どこまでも高く舞い上がれそうな、そんな気がする
.....けれど、あたしをそんな気持ちにさせないでと思うのも事実。だって、あたしは雲の上に行ったら...一人になるんだもの。これじゃあ何のために舞っているのか分からなくなるもの
それに彼は上を見てくれない。下ばかり見ている...元気がなさげというよりも...悲しそうな表情を浮かべて、あたしから視線を下に移した。何も面白いものなんてないのに、下を見ている。.......そんな彼を見て、あたしは思わず聞いてしまった
「......元気ないね。どうしたの?」
それを聞いた菊丸君はまた顔をあげて、あたしの方を見る。大きな瞳は見開かれたまま、ずっとあたしを見ている。そんな瞳に見つめられるほど、あたしの心臓は頑丈じゃなくて。それと同時に、心の中からある一種の感情が湧いて出てきた
何かというと.....闇色に染まった罪悪感
........実は、あたしはその理由は知っているんだ。っていうか、知らない人は少ない。最近『36グループ』は一緒にいることがなくて、何だかギクシャクしているということ。彼の元気のない理由、今から思えば彼女の元気のない理由はきっとそこにあるんではないだろうか?それなのに聞くあたしは、何て愚かなんだろう。菊丸君を困らせるだけなのに....
聞いても、きっとっていうか絶対に、あたしじゃ菊丸君に元気を分けてあげれないのにね。全部全部.....分かってるのにね。そんなこと聞くあたしも....何だか悲しくなってくるよ
菊丸君は、こんなあたしをよそに少し考えた仕草をして....首をひねって、そして笑って言った。........その笑顔は......さっき見た誰かの笑顔に似てる気がする
「.........俺、疲れてるのかなぁ?」
「へ?」
「うん、疲れてるのかも。だから、今日の数学の追試悪かったんだ」
「ええ?そうなの?」
「そう、めちゃくちゃ悪かったー。再々テストも俺のためにやるんだって」
菊丸君の笑顔は華やかだ、そして華やかな笑顔とともに出た言葉は何ともミスマッチな言葉だった
疲れてる...うん、そうだよね。きっと、そうだよ。だから今日、君は元気がないんだ。.......それはきっと数学の追試のせいじゃないかもしれないよ?
今日だけじゃなくて....ここ最近、何か元気じゃなさそうだもの。それでも、菊丸君が真顔でそう言った言葉に可笑しさを我慢することは出来なかった。心の中でゴメンと謝りながらもくすくすと笑ってしまうあたしは、本当に失礼な奴だ
そんなあたしを見て、菊丸君は目を細めた。そして........こう言った
「........似てるね。ちゃんの笑顔....」
「え、あたしの?」
菊丸君はこくりと頷く
「うん、俺のよく知ってるコに.....すごく似てる」
ざわざわと、木々がざわめき風が吹く。それに乗って、蝶もひらりひらりとやって来た。蝶は音を立てずに舞うから静けさを誘い、逆に音を吸い取る
...............ああ....やっぱり叶わない
彼はあたしの舞う姿に気付かない
「.........それってさん?」
「え、何で知って」
「あのコ、可愛くていい子だよね。本当に羨ましいよ」
あたしが、それはさんのこと?と尋ねると、図星をつかれた菊丸君は驚きを隠せない
そんな菊丸君の言葉を遮って、あたしはそう言った
本当のこと、続に言う本音
........ねぇ、さん
アナタはあたしが羨ましいといったけれど
二回目になるかもだけど、あたしはアナタが羨ましすぎるよ
真っ直ぐに人のことを素敵だって言うし
笑顔は魅力的だし
笑顔が魅力なのはきっと心が綺麗なせい
....こんな人を羨ましがって、それだけで終わってるあたしとは違う
そんなアナタにあたしは嫌いとかそういう感情なんて抱けない
たとえ、一番の恋敵だったとしても...そんなこと思えないよ
だから、彼もこう言ったんだ
あたしの笑顔がアナタの笑顔に似てるって
...........アナタの笑顔があたしに似てるんじゃないんだよ
「........仲直りしないの?」
「........俺的にはしたいけど、できない」
「どうして?」
「俺が....悪いから....。特にには悪いコトをしたから....」
辛そうな顔をして、それでも笑う菊丸君を元気付けられるのはあたしじゃない。改めてそう思ってしまったから、あたしは涙を堪えなきゃいけなくなる。.......でも、堪えなきゃ。そうじゃなきゃ.....あたしの彼への想いがばれちゃうかもしれない。そしたら、彼は尚更辛くなるだろう
.........あたしがもし、蝶だったら、アナタの傍をいつでも舞おうと思ったのは....アナタを辛くさせるためじゃない
だから.....彼のために何かできたのなら
「......悪いことをしたのなら尚更仲直りしなきゃ、ね?」
お節介って分かってるんだけれど
「いつまでもこのままじゃ....ダメだって分かってるよね?菊丸君も」
それでも、アナタの
「頑張って。きっと上手くいくよ」
笑顔がもう一度見たいから
キラキラとした太陽のように明るいその笑顔を....見たいから
「ありがとう....ちゃん...」
だから....負けないで。震える恐怖を勇気に変えて
そしたらきっと......蝶も頑張って華麗に舞ってくれるから
すくっと立ち上がり、菊丸君は大きく空に向かって伸びをした。空はもう夕焼け色、ほんわかとした朱色が街を温かくしてくれる。それなのに、まだ蝶は舞う。あたしの代わりにまだ舞ってくれてる
「さてと、俺もそろそろ部活戻るね。ありがと、ちゃん」
「....あたし、何にもしてない」
「いや、そんなこともないと思うよ?」
試すように言って、にかって笑う彼
そして、手を振りテニスコートへと戻る彼
その後ろ姿を見送る目で、目の前を舞う蝶を追ってしまうぽつんと1人残されたあたし
−−−−−涙が一粒、また一粒と溢れてくるあたし
あたし.......彼のことがこんなにも好きだったんだ、と思い知らされた
「.......っ.....。」
それでも、この想いを涙に流すことが出来なくて、あたしはただひたすら何も含まれない涙だけを流す。そんなあたしの周りを蝶は舞いまわる
ひらり、ひらり
ふわり、ふわり
−−−−−−もう届くことはないけれど、それでも無茶なお願いしてもいいですか?
叶わないって分かったけれど、それでもまだこの想いは消えないから
消えるまで、アナタの傍を舞ってもいいですか?
別に見てくれなくてもいい
あたしがアナタの傍を舞いたいだけだから.......
そして、どうか....
幸せになって下さい
そしたら、あたし
祝福の意味をこめて、アナタの周りを舞いたいなと思います
そして、どこかにふっと行ってしまった蝶のように
あたしも知らない世界と舞い始めようとも思います
..........そう思ってるから、せめて今だけは
涙を流させてください
......自然に止まるまで.......
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