いつまでも人間は空を飛べないままなのかな




「副長副長副長副長ー!」


ドタドタと廊下を走る騒がしい音と無駄によく通る声がすると、ああまたアイツかと思ってしまうくらい日常と化しているのでとりあえず温くなった茶を啜る。もうすぐしたらアイツが俺の部屋の襖を何も言わずに思いっきり開けて、それからずかずかと入ってきて俺の前に座るのだろう。それから今日の報告という名目でどうでもいいくだらない話を聞かされるのだ。俺はまた適当に相槌だけ打てばいい、そう思っていたのだが襖が開かれる様子はない。アイツ来ねぇな、と思っていたら襖の向こうでアイツの声がした


「副長!すみませんけど開けて下さーい!今、両手塞がってるんです」


何だソレ。しかも上司に頼む態度じゃねーだろ。言いたいことは山ほどあったが、言っても効果はないということがもう身に染みて分かっているので無駄な体力を使わないことを覚えた俺は茶を机の上に置いて、ため息をつきながら立ち上がる。それから襖を仕方なく開けてやると、そこにはやはり予想した通り満面の笑みを浮かべる女がいた。その女の名前は、真撰組唯一の女隊士である


「あ、副長。ありがとうございます!見てください!ピーコちゃんの怪我治ったんですよ!」


俺にどうかしたのかと尋ねる間さえ与えず、は俺に鳥を見せようと自分の両手ごと俺の顔に近づける。の手の中からひょっこり顔を出しているのは、先日怪我をしていたところをが拾って、それから毎日世話をしていた黄色い鳥だ。ピーコというのは総悟がつけたらしい。拾われたときには見るからに元気ではなくぐったりしていたのだが、今はその面影がないほど元気での手の中でピーピー鳴いている

......まぁ、良かったな

そう言おうと思ったがまたしても間を空けずに「さー今日から君の人生の第二歩だ」と意味分からないの言葉に邪魔をされて言えずに終わる。空気を読めと言ってやりたかったが、つーかそう言ったがははーいと元気よく返事をしただけで全然俺の話に耳を貸そうとしない。ささっとさりげなく障子の前に移動して、正座して、それから俺を振り返るようにして見てくる。...ああ、もう本当お前ってヤツはめんどくせーな


「...開けろってか?」


俺がそう言うとが大当たりとでもいうようににっこりと笑うので、そうかよと何とも言えない気持ちになりつつ俺は障子を開けた。ただの障子が中庭の緑が光を浴びてキラキラと輝き、その上では空が青々としている光景へと移り変わる


「今日は絶好の第二の人生歩き始める日だね、ピーコちゃん」
「...意味分かんねえよ」
「副長、日本語理解するの苦手なんですか?要は今日がピーコちゃんの旅立ちの日になるんですよ」


お前の日本語が可笑しいだっつーの、と心の中で呟きながらの手の中にいる鳥を見る。は怪我が治ったこの鳥を逃がそうとしていることは理解できた。嬉しそうだけれどどこか寂しそうな横顔から目を反らし、俺は空へと目線を移す。本当に今日は天気が良い。雲一つない青空は旅立ちに最適だ。こんな綺麗な青空に羽ばたけるなんてどれほど気持ちよいだろうか


「じゃあ、元気でね。もう怪我しちゃダメだよ。もし万が一怪我をしたらあたしの手の上に落ちるんだよ?」
「無茶言うな」


名残惜しいのは分かるが、の手の上に落ちろというのは無理難題だろう、そう思って呆れたように言うと、俺に反して鳥は分かったと言ってるかのようにピーと鳴く。本当に分かってるのかよ、コイツ。分かってて返事をしているのかしらないがその鳴き声を聞いて勝ち誇ったように俺を見てくるに早く逃がしてやれと俺は言う


「じゃあね、ピーコちゃん。達者でね!」


まるで両手でボールを投げるような動作で鳥を空に羽ばたかせる。鳥は最初こそ不安げに飛び始めたが、やがて真っ直ぐと青い空の果てを目指して飛んでいく。元々小さいあの鳥はすぐにもっと小さくなって見えなくなった


行っちまったな、俺がそう言うとはそうですねとだけ言った。声色からも横顔からも可愛がってた鳥が去っていって寂しいのだろうということは容易に分かる。...それにしてもがこうも大人しいと変な感じだな。いつもは俺の喋る暇さえ与えず一方的に喋り続けるのに、今はそれ以上何も言わない。元気出せよ、との意味を込めて俺はの頭に手を置く。驚いたようには俺の方を見たが、すぐに視線を反らして俯いた


「...副長が変だ。いつにもなく優しい」
「空気読めよ、お前」


変って何だこんにゃろー。人がせっかく気を遣ってやってるというのに変とは何だ。俺は拍子抜けしつつそう言えば、はすみませんとへらっと笑った。...ったく、変と思うなら最初からそう笑っとけばいいんだよ。そしたら俺だってそんな気にしなかったっつーの

俺はの隣に腰を下ろす。また沈黙が流れるのでどうしたものかと思って、またの方を見てみた。は俺の視線にも気づかず、果てしない青が続く空を見上げていた。俺も視線を空へと移す。たった今心地よい風が俺の部屋に入り込んできた。穏やかな午後、こうして何もしないで空をじっと見ながら時の流れを感じることも悪くはないが、やはり沈黙は落ち着かない。何か話題はないだろうかと考えている自分に気づき、つーか何で俺がに気を遣ってるんだと疑問を抱く。...ったく、調子狂うな


「副長」
「...何だ?」
「人間って人間のままなんですかね」


そう思っていると、の方が先に口を開く。少し間を置いて、何だと問うてみればはこんなことを言い出した。何言ってるんだと思ったのが素直な感想で、俺はどういう意味だと再び尋ねる


「人間という生き物は生命の進化の上で存在してるじゃないですか。だからまだ進化するのかな、って。それとも人間という生物形態こそが生命の最終地点なのでしょうか」
「...さぁな」
「でも仮に後者だとしたら人間という生き物は完璧だということになります。でも、人間って完璧じゃないでしょう?だからあたしは人間という生き物はまだ発展途上なのだと思うんですね」


キャラにも似合わずいきなりこんな難しい話をし出しただが、それは俺の勝手なイメージとは違うという意味でギャップが生じただけだ。そういえばコイツって結構学問に興味を持っていて、難しくて分厚い書物を読んでたなということを思い出す。普段は無駄に明るくて元気で馬鹿な発言ばっかりしているヤツだからすっかり忘れていた


「でも進化する日はあたしが生きているうちには来ないでしょうね」
「...お前は人間の何が不満なんだ?」


俺の問いには俯いて黙り込んだ。でもそれは決してその問いの答えがないからではなく、その答えが言いづらいといった方が正しかった。は口を少し開くが、閉じて、また開くの繰り返しをしばらくしていたが決心したように顔を上げて言う


「翼がないことです」
「...アレか。空を自由に飛んでみたいってヤツか」


確かに人間には翼はない。だからさっきの鳥のように空を飛ぶことが出来ない。...確かに空を飛んでみたいという願望は誰にでも少しはあるような気がする。今日の澄み渡っている青空を飛べたら、どんなにいいだろうか。かと言って俺はそれほど特にそう思ったことはないけれど、でも気持ちは分かるので否定はしないでおいた


「...いえ、違います」


しかし俺の予想と反して、は別に自由に空を飛びたいのではないらしい。じゃあ何でだと俺が問えば、はまた俯く。一体何が言いたいんだろう、と俺は内心疑問に思いつつ、の答えを待った


「...あたしね。明日から出張で一ヶ月の間江戸を離れるんです」


そのことはすでに近藤さんから聞かされて知っていたので別に驚きはしなかった。それで、と続きを促す。その後で、俺はの表情を見て気づく。...何だ、そういうことか


「だから空を飛べたら、すぐに江戸に戻れて...副長に会えるのに」


要は寂しいのか。でもは寂しいとは言わない。何て意地っ張りなヤツなんだ。素直に寂しいって言えばいいのに


「...馬鹿」
「え!な、なんで」
「一ヶ月なんて嫌でもすぐに過ぎるだろ」
「...長すぎますよ」


そう不満そうに呟くもんだから、俺は軽く笑ってしまった


「寂しくなったら電話でも何でもして来い。仕方ねーから待っててやるよ」




人間に翼がないのは人間にとって必要ないからである







 別に飛べなくてもいいんじゃねーの。もしどうしても会いたいというのなら、俺が会いに行ってやるからよ )