彼の気持ちはずっと前から知ってた。一緒にいても、あたしを見てくれたことなんて一度もないし、彼が優しい表情で口にする名前はあたしのじゃない。それなのに気づかないふりしてたのは、彼が好きだったから

関係なかった。彼があたしのことを見てくれていなくても、彼の気持ちが手に入らなくても。そんなのどうでもよくて、ただ彼の傍にいられるだけで良かったんだ。...そう、最初だけは。だって、王道ラブストーリーのお約束。好きだと思ったら、既に手遅れで。止まんなくて、どんどん独占したくなる

...もう、あたし。苦しくて限界だよ。別れを告げなくちゃ









彼から借りた古典のノートをしっかりと持って、あたしは彼のクラスのドア付近から、教室の中を覗き込んだ。時は昼休み、6組の人達はほとんど食堂とか中庭とかでお昼を食べてるのか、教室にいる生徒の数は明らかに少ない。だから、余計教室の中にいる彼の姿が目に入る。だけど、あたしはとりあえずすぐ近くにいたこのクラスの住人である幼馴染にまず最初に声をかける



「英二っ」
「あれ、じゃん。どうしたの?」
「や、周助に古典のノート返しに来たの」
「...そっか」
「あと、英二に英和辞書借りようと思って」
「また重いからって置いてきたんだろー?しょーがないなー」
「あ、バレた?」
「俺、英和辞書部室だから取ってくる。その間に不二に古典のノート返しとけよ」
「了解」



菊丸英二、彼はあたしの大切な幼馴染だ。そんな幼馴染は、あたしの為に部室へ。そして、1人この教室に取り残されたあたしは大きく深呼吸。...頑張って、耐えるんだ。頑張って、堪えるんだ。彼が、楽しそうにあのコとお昼ご飯を食べていても。彼が幸せそうな表情をしていても

醜い気持ちに蓋をする



「周助」
「あ、



彼は楽しそうにお昼ご飯を食べていた。机をひっつけて、彼の向かいという羨ましいポジションににいるのは、分かりきったことだけど、あのコで。なんて、そこだけ空気が春色なんだろうと皮肉にも思ってしまう程、そこには2人だけの世界が出来上がっていた。壊したいけど、壊せない。もちろんあたしがそんな勇気がないのもあるけど、きっとあたしが壊しにいったって、この2人は壊れない

伊達に、あたしだって2人を見てきたわけじゃないから

だけど、用事があるんだから、そう自分に言い聞かし、あたしが名前を呼ぶと、躊躇いもなく彼はあたしの方を振り向いた。彼、不二周助は言うまでもなくあたしの想い人。そんな人にまだあたしの声が届くことが嬉しいけれど、ますます諦め切れなくて苦しい、そんな複雑な想いを抱えたまま、あたしは彼の方へと近寄った。横目ににこにこと笑う可愛らしい女の子の姿が目に入ったけど、極力見ないようにした。だって、彼女は、あたしの想い人の一番大切な人



「ありがとね、古典のノート。助かっちゃった」
「どういたしまして。今度はちゃんと寝ないで授業聞きなよ」
「分かってるって」



あたしは古典ノートを差し出した。彼は、ふんわり笑ってそれを受け取る。結構厳しいお言葉だけど、口調がすごく柔らかくて...ああ、やっぱり彼女の前だからか。いつもなら、思いっきり罵るクセに。何とも言えない気持ちだけれど、笑顔の仮面を被ることは絶対忘れない

たとえ、心の中はどす黒い気持ちでいっぱいだったとしても



「でも、ちゃんの気持ち分かるよー。だって、あの先生の授業眠いもんねっ」
「でしょ、でしょ!優姫ちゃん」
「優姫、あんまりを甘やかしちゃダメだよ」
「何それっ」



彼の想い人、すなわち彼の彼女である優姫ちゃんは本当に可愛くて女の子らしい、女のあたしから見ても彼女にしたいと想ってしまうような女の子だ。今だって、あたしみたいにけらけら笑わず、口元に手をやり、くすくすと可憐に笑っている。それにつられるかのように、彼もまた柔らかく笑った

......ああ、敵わない

あたしは、どれだけそんな絶望感に似た気持ちを抱いてきただろう。だけど、何度も懲りずに思い知らされるんだ。あたしの入る隙間なんてこれっぽっちもないって。ちゃんと分かってる。あたしだってそれが分からない程、鈍感に恋をしてきた訳じゃない。自分も恋してるからちゃんと知ってるよ。諦めきれない自分が悪いってことも



ー、わざわざ取りに行ってやったんだから感謝しろよなっ」



自分から話し掛けにいったのにそろそろ限界が近づいてきた、自業自得でなんて情けないと思っていたとき丁度、救いの声が聞こえた。見ると、英二が英和辞書をあたしに向かって振っている。あたしの為に急いでくれたのだろうか、息を少し切らしていた。あたしは「ありがとー」とその場所でいい、これが最後だと2人の方を振り返った



「じゃ、引き続きお2人の時間を満喫してくださいな」



皮肉っぽくニヤリと笑って言ってやる。大分上手く出来たんじゃないかなと思った。お気遣いどうも、と周助もまたニヤリと笑うのを確認して、あたしの後ろでまだ英和辞書を振ってるだろうと思われる英二の方へと身体を向けた。たぶん幸せそうに笑ってるだろうと思われる優姫ちゃんの顔はとてもじゃないけど見れなかった。早く離れよう、あたしはそう思い、英二のもとへと足を速める



「ありがとう。助かったよ、英二」
「今度アイス奢りね」
「あれ?あたし、この前英二に貸しがあったような気がするんだけどねー」



英二から英和辞書を受け取り、あたしはお礼を言った。英二は、満面の笑みでそんなことを言うから、あたしも満面の笑みで言い返す。うっと詰まった英二を見て笑いながら、あたしはこの教室から出ようとした。英二にまた返しに来るよと告げ、背を向けた



「.....、大丈夫?」



そんな英二の言葉、聞こえないふりをした。廊下に出ると、数人の男子がバレーボールをやってたり、女子がおしゃべりをしていたり、騒がしかった。あたしはそんな中、自分の教室へと向かいながら、窓の外を見る


空は今にも泣き出しそうだった



* 




授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。今日は、担任が出張なのでHRがなかった。チャイムが鳴り、リーディングの先生が教室が出て行くのと同時に、皆途端に帰る用意をし出して、次々に教室を出て行った。あたしはというと、英二に英和辞書を返さなきゃいけないので、ゆっくりめに帰る支度をしていた。英二のクラスはたぶんまだHR中だろうから、急いでもあまり意味がない

あたしのクラスは部活率も高いし、カップル率も高い。だから、すぐに皆教室から出て行き、あっという間にあたし1人だけ教室に残された。や、でも、その理由じゃないかもだけど。偏見が入ってる気もしなくないけど、まあおいといて

さっきまでいっぱいの人達がいたのに、今ではあたし1人の教室が、とても不思議な感じがした。あたしも実はHR終わったら即行帰るタイプで、1人残ったことがないからなのかもしれない。帰る用意もしたし、あとは英二のクラスが終わるのを待つだけになったあたしは、教室を見渡す。まだ、窓の外が気になった

空はまだ泣くのを我慢している

よく我慢するなあと感心したりするけれど、あたしも一緒かと思い、心の中で苦笑する。あたしは、自分の恋が叶わないことに泣きたくなるけれど、空はどうして泣きたくなるのかな

空も叶わない想いを抱いてるのかな



「....?」



ガラにもなく浸っていたら、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。その声の方を向くと、英二がいて。英二は教室を覗き込むように、ドア付近に立っていた。英二はどこかほっとしたような表情をし、そのまま教室の中に入って、あたしの近くにやってくる



「あれ?英二、HRもう終わったの?」
「んー、まあね。んでもって、英和辞書取りに行こうって」
「そうなんだ。あたしが英和辞書持っていこうと思ったのに」



英二は、あたしの机の前の席のイスに腰をかける。少し嫌な予感がした。ううん、今だけじゃなくてさっきも感じた、この予感。笑って誤魔化せたらいいんだけど、たぶん、そうもいかない。だって、わざわざ、あたしが借りたのに英二が取りに来てくれるなんて



「.....だって、辛いだろ?」



あたしの気持ち、全部気づかれてる。そんな嫌な予感が的中したのを、あたしは確信した。その言葉を聞いて、思わず英二の顔を直視してしまう。英二は困ったように笑って、それからその長い足を組みながら視線を窓へと向けた。横顔には苦笑が残ってる



「.....気づいてたんだ」
「まあねー」
「いつから?」
「最初から」
「げ」
「ウソだよーん。気づいたのは、つい最近。...不二に彼女が出来た時かな」



英二は、あたしがこんなにも動揺しているというのに、ズバズバと言う。その素直さは英二の良いところだと思う。だけど、その一つ一つがぐさぐさ突き刺さって、イタイ。英二は、あたしを挑発してるのか。あたしに全て吐かせたいのか、それは分からない



「.....あれは、ショックだったなー」



だけど、何だかほっと安心した気持ちになってしまったのは確か。今までずっとこの想いを口にせず、2人を見てきた。それが、どれだけ苦しかっただろうか、たぶん分かる人は数少ない。やっと吐き出せる。英二には悪いけど、やっと本音をぶちまけられる。ほっとした気持ちになったのは、たぶんそこからきてる。あたしはポツリポツリ本音を口にし始めた



「だって、あたしの方がずっと前から好きだったんだよ」
「うん」
「まあ、好きになるのは時間とか関係ないと思うけど。それでも、めちゃくちゃ好きだったんだよ」
「うん」
「....ねえ、英二。あたし上手くやれたかなあ?...周助は、あたしの気持ち気づいてないよね」
「...うん、そうだね」
「だよねえ。だって、あたしの前で平気で優姫ちゃんの話するんだもん。.....周助、優姫ちゃんのことしか見てなかったんだもん.....」
「....うん」
「最初はね、イヤだったけど我慢できた。だけど、もう限界だよ、あたし。気づいたら周助を好きになりすぎてた...」
「うん...」
「バカだよね、あたし」



彼の気持ちはずっと前から知ってた。一緒にいても、あたしを見てくれたことなんて一度もないし、彼が優しい表情で口にする名前はあたしのじゃない。それなのに気づかないふりしてたのは、彼が好きだったから

関係なかった。彼があたしのことを見てくれていなくても、彼の気持ちが手に入らなくても。そんなのどうでもよくて、ただ彼の傍にいられるだけで良かったんだ。...そう、最初だけは。だって、王道ラブストーリーのお約束。好きだと思ったら、既に手遅れで。止まんなくて、どんどん独占したくなる

...もう、あたし。苦しくて限界だよ。別れを告げなくちゃ



「雨、降ってきたな。俺、傘持ってきてないのにー」
「....そうですね。あたしも持ってきてません」



英二の声で気づいたら、泣き出しそうな空はとうとう泣き出してしまってて。窓ガラスに点々と水滴を打っていた。見てたら、どんどん激しくなっていって。ああ、溢れてしまってるんだね、空の想い



「....泣いていいよ」
「....もう既に泣いてます」



英二の言葉で気づいたら、自分の頬に熱いものが伝ってて。英二がそんな優しいことを言うから、余計にまた溢れてきて、あたしはブラウスの袖で涙を拭った。けど、拭っても拭っても、止まらなくて。ああ、別れを拒んでるのかな、この気持ちに

苦しかったけど、幸せももらった気持ちだから



「....、よく頑張った!エライ!」
「.....何がよ...っ..」
「あー、もう今は泣いとけ泣いとけ。一生分泣いとけ」
「...髪ぐしゃぐしゃにしないでよっ」



英二は自分の大きな手であたしの頭をぐしゃぐしゃにしながら、そう言った。英二なりにあたしを励ましてくれているんだろう、そう、失恋したあたしを。本当にいいヤツだ、英二は。さっきもあたしの話を黙って聞いてくれてるし。それなのに、可愛くない言い方をしてしまう自分に少し嫌気がさした。でも、英二は全然気にしてないみたいだった。あたしは、何だかまたほっとした



「ねえ、あたし諦めきれるかなあ...」
が望むならね」
「....だよねえ」
「そんな無理やり諦めなくても、なるようになるしかないっしょ」
「....そんなお気楽な」
「それでいいのっ」



あんまりきっぱりとそう言うから、少し笑いたくなった。何だよ、とあたしを見てそう言う英二の顔をじっと見る。すると、照れくさそうにあたしから視線を反らして、こう言った



「今雨降ってるけど、絶対またいつか晴れるし、ずっと雨が続くわけでもない。それに、には雨上が
りの道を一緒に歩いてくれるヤツがいるじゃん」



今のあたしはきっときょとんとしているんだろう。涙はまだ止まらないけれど、何だか新たに込み上げてくるものがあったのも否定できない。もしかして、だなんて思うほど自惚れてないけれど、それでもその言葉がとても嬉しかった



「...そうだね」



今は雨でも、もうすぐしたら雨が止むかもしれない。明日、晴れるかもしれない。雨上がりの空はいつにもなく綺麗で、瑞々しい空気がいつだって人間を包んでくれるもんね



「....で、とりあえず帰るためにもうそろそろ泣き止まない?」
「さっきは一生分泣いとけって言ってたクセに」



だけど、そうね。とりあえず、決めたわ。この気持ち、まだまだ別れることはできないかもしれないけれど、いつか別れを告げて、あんなこともあったねって思い出話にできるよう頑張るよ。だけど、今あたしを待ってくれている人を困らす原因のこの涙にはさよならを告げることにするわ。これが止まったらもう泣かない、だからもう少し待っててね









グッバイ ナミダ










早くこの空にも、泣くなって言ってくれる存在が現れたらいいのに










2006.6  素敵企画に参加させていただき、本当にありがとうございました! 空丘樹里



『Dulce』様に提出させていただいた作品。グッバイナミダというお題で書かせていただきました。36最高ですね