スピカって誰?


そう尋ねたら、君はくすくすと笑って「英二、本当バカだねー」と俺に言った。「バカで悪かったなー」と言い返すと、「ううん、悪くないよ。だって英二はバカじゃないと英二じゃないもん」だって。....褒めてるんだか貶してるんだかよく分からないけれど、君は俺を本気でバカにしてる訳じゃないって俺には分かってたから、笑い返して「それはどうかな?明日になったら秀才英二君になってるかもよ」と冗談を言えば、「嘘、大変。朝の挨拶がおはようじゃなくてごきげんようになってるかも!」と君は真顔で返す。でも、すぐに顔が緩んだ



「あ、そうそう。スピカっていうのは、乙女座のα星のことだよ」



唐突に君は俺の質問に答え出す。そうだった、俺がスピカって誰?ってことを聞いたんだった。スピカって人の名前じゃなくて星の名前か。乙女座のアルファー星...アルファー星って何だろ?



「星座の中で一番明るい星をα星っていうんだよ。つまり、スピカは乙女座を作ってる星の中で一番明るい星なの。何てたって1等星だからね」



ああ、なるほどね。って、何で君は俺が疑問に思ってること分かったの?、俺が尋ねると「だって、英二の顔が険しくなったからね。を侮っちゃいけないなっ。英二との付き合い、どれだけ長いと思ってんの?」...俺は意識してなかったけれど、それでも君がそんな些細なことに気づいてくれることって何だか嬉しい



「何か日本では真珠星って言われてるんだって。綺麗な名前だよね。ま、スピカっていうのはラテン語で『穀物』を意味してるらしいんだけど。あ、そうそう乙女座ってね、ギリシャ神話では農業の女神デメテルの姿なんだって!で、デメテルが持ってる麦の穂に位置するのがスピカで...」



よく知ってるね、と俺が言えば、「だって、そういう神話とか好きなんだもん。っていうか、星が好き」と顔を輝かせてそう答える君があまりにも可愛くて、思わず口元が緩む。正直言って、俺は星座とか神話とかそういう話に疎いし(何てたってスピカを誰?と聞いてしまった程だし)君が言ってることを100%理解できてるわけじゃないけれど、君がとても楽しそうにまた話し出すので、俺は耳を傾けた



「デメテルは大神ゼウスのお姉さんで、大地を支配する女神なんだけど、彼女には娘さんがいてね。めちゃくちゃ可愛がってたの。だけど、ある時娘さんが冥土の神プ...何だったけな?とりあえず、その人に攫われちゃって、その人のお后様にされちゃったんだ」



それはまた強引な...俺は心の中で苦笑する。攫ってしまいたいほど好きな気持ちは分からなくもないけれど。俺はちらりと君を見る。俺の考えてることなんてこれっぽっちも知らない君は、でね、と話を続けた



「デメテルはそれにめちゃくちゃショックを受けて、洞穴に閉じこもっちゃったの。で、大変なことに地上の草や花が新しく芽吹かなくなっちゃって...ほら、彼女農業の女神だからさ。彼女がいないと作物が育たないの。それに困った弟のゼウスが冥土の神に「娘さんを返しなさい」って命じたの。冥土の神も仕方なくそれを承諾したんだ」



俺はそのことを聞いて、何となく自分とその女神を重ねてみた。そして、君をその娘さんに例えてみる。もし、君が他の男に攫われてしまったら、俺もどれだけショックを受けるだろうか。それこそ、洞穴に閉じこもってしまいたい気持ちになるかもしれない。花が咲かないとか、地が荒れるだとか、外の世界のことなんて気にしてなんていられない。君がいない世界なんて、とても希望溢れる世界だなんて思えない。きっと、そういうことなんだろうな



「でも、その冥土の神って狡賢くてね、娘さんを返すためにざくろの実を4粒食べさせたの」



へえ、そうなんだ。でも、どうして冥土の神がズル賢いってことになるんだろ?ただ、ざくろの実を娘さんに食べさせただけでしょ。俺がそう言うと、君は首を振って、それに答えた



「実は一度冥土の食べ物を口にしたら、二度と地上に戻れないっていう掟があったの」



...成る程。そりゃ、狡賢いな。冥土の神もそれだけ娘さんを手に入れたかったってことか。手に入れるためなら手段は選ばない、あんまり分かりたくないけど分かる気がした。でも、同じような想いを持つ人間として言うなら、それはやっちゃいけないよ、冥土の神さん。好きな女を悲しませるだけかもしれないじゃん



「娘さんが帰ってきて、デメテルは喜んで洞穴から出て、外の世界はまた活気付いたんだけど、娘さんがざくろの実を食べたことを知って、また絶望して、弟に助けを求めたんだ。そして、弟の神ゼウスはこう命じたの」



君は、一度言葉を切り、また繋げた



「娘さんは毎年8ヶ月はデメテルのところで暮らして、食べたざくろの実の数の4ヶ月だけ冥土の神のもとで暮らすように、って。その4ヶ月間は、デメテルがまた洞穴に閉じこもっちゃうから、地上の全ての植物が眠るようになって。これが冬となって、季節ができたそうなの」



ハッピーエンドというにはあまりにも酷だとは思うけれど、上手いこと話が出来てるな、と感心した。成る程、それならば合点がいく

娘さんが地上にいないと、植物は眠り、寒い冬になるということ
君が俺の近くにいないと、心細くなって、寂しさを堪えなければいけないということ



「スピカは乙女座にあるから晩春から初夏にかけて見えるの。だから、今は見れないなあ」



そう残念そうに君は呟いたけど、俺は別にそんなことは思わなかった。今の時期、空を見てスピカが見えないように、空を見たって君はそこにいないだろ?



                         ここ
だから俺は空なんて見上げない。君は地上にいるんだから



地上のスピカ


人はみな空ばかり見てる、って歌があったような気もするけどそれはこっちにとって好都合だ。俺だけが気づいていればそれでいい




『Dulce』様提出作品。結構気に入ってます。地学ネタだし(そこかよ)