例えば、貴女が髪につけてるピンはあの人があげたもの



例えば、貴女が身に付けているネックレスはあの人がいいなと言ったもの



例えば、貴女が好きな人は....あの人



それくらい知ってます



ずっと、貴女を見ていたんですから




































こ の 恋 が 終 わ る 時 、 僕 は

あなたの何を想うだろう






































「おーい、長太郎ー」






今日は部活がなく、特に学校に用事はないので家に帰ろうと校門を出た、そのときだった。不意に聞こえた俺の名前を呼ぶ声。きっと振り向けば、眩しい笑顔を浮かべた貴女がいるのだろう。だけど、臆病な俺は振り向けなかった。歩く足を止めず、わざと空を見上げて、考え事をした振りをする




今日の空は雲が多い。けれど、その隙間から見える空は泣きたくなるほど青くて、あの空に吸い込まれたらどんな感じがするだろう、なんて本当に考えてみたりする。この青になら、溶けてもいい。むしろ溶けてほしい。この想い、どこに捨てればいいのか分からないから。この青に溶けてしまうのなら、本望だ。もっと望む前に、綺麗な想いで終わらせたい






「長太郎ってば」
「あ...先輩」






そんな声と同時に掴まれる俺の腕。斜め下を向けば、そこにはやはり予想した姿があった。にっこりと笑って俺を見上げる彼女、俺が一番会いたくて、一番会いたくない人だ。そう俺が思っていることを何も知らない彼女は、いつもの調子で俺に話し掛ける






「さっき呼んだの、気づかなかったでしょー?」
「え、そうなんですか?すみません」






嘘をついた。本当は俺を呼んでくれたこと、気づいてる。俺の声は貴女に届くことはないけれど、貴女の声は必ず届く。それくらい、貴女は俺の中で大きな存在なのだから




気づいてないでしょうね、貴女は。俺がこんなにも貴女のことを想っているという事実




気づくはずのない彼女に、笑顔を向けて表面上申し訳なさそうに謝った。彼女は、いや別に謝ることじゃないけど、と大きく手を振る。そんな、人より大きな彼女の表現は嫌いじゃない。むしろ『好きだ』...過去形にできなくて、現在形でしか言えない。本当は現在進行形なんだろうが、認めるのは怖かっ た






「今、帰り?」
「はい、今日は部活もないですし」
「ふーん」
「部活ないと、俺って暇人なんですよ」
「あ、それ景吾もそれらしきこと言ってた。ま、あの人のことだから長太郎みたいに素直に言わないけど」






はたして、今の俺はちゃんと普通の『後輩』として彼女と接することができているだろうか。ちゃんと笑えてるだろうか。彼女の口からあの人の名前がさらりと出てきたことに、怪訝な顔をしていないだろうか。あの人の名前を口にした彼女の頬がほんのり赤いことに、平然を装えているだろうか。......自問しだしたらキリがない。しかも答えは分かるはずもない





俺は素直なんかじゃないですよ、そう目の前にいる彼女に言ってやりたかった。そうして自分の気持ちを打ち明けれたら、どんなに自分はすっきりすることだろうか。だけど、臆病な自分はそんなことを口にできる勇気を所持していない。彼女を困らせたくない、そういう綺麗な理由ならまだしも、ただ勇気がない弱い自分に吐き気がする。そして、呆れる





呆れるくらい、こんなにも彼女のことが好きなのに。それなのに、黙って見ていることしか出来なかった。......そんな俺に、あの人を超えられるはずがなかった






「はは、部長らしいですね」
「でしょ。本当景吾は素直じゃないんだから」






俺が素直だと言ってくれたことにあまり触れずに、俺は曖昧に返事をする。正直早く家に帰りたかった。あの人の名前を口にしただけで幸せそうな表情をする彼女を見たくなかったから




だから、俺は気づかないふりをする。もっと一緒にいたいと望んでしまう自分に、もっとこの時間が続けば良いのになと思う自分に




今だけ彼女の笑顔を独り占めできるという優越感に蓋をする






「そういや、先輩は部長を置いてきていいんですか?」
「あ、忘れてた。やっばー、待たせたままだわ、景吾」
「....部長を待たせる先輩って大物ですね」
「や、だって、それより気になったんだもん」
「何をですか?」
「長太郎のこと」






先輩の綺麗な茶色の真っ直ぐな髪には、先輩曰くこの前部長に誕生日プレゼントにもらったというピンがつけられていて




先輩の胸元には、先輩曰くこの前買ったらしくて部長に似合うと言ってもらえたハートのネックレスのハートの中に埋め込まれているラインストーンがキラキラと輝いていて




先輩には、先輩曰く性格はツッコミどころ満載だけどそれでも人柄・容姿・才能豊かで否の打ち所のなくて、俺も心から尊敬している跡部景吾先輩という恋人がいて




それでも、俺のことを気にしてくれるなんて、反則じゃないですか






「....え....」
「元気ないじゃん?最近。さっきも空見上げてて、元気なさげだったから、つい追いかけてしまったの。...何か、あった?あたしで良かったら、相談に乗るよ?」






そう言って、俺の顔を覗き込む彼女。やっぱり、俺の好きな人だ。優しくて、お人好しで、心配性で....とても愛しくて




俺には今すぐに彼女を抱きしめられる腕がある。だけど、その腕が動かないのは、やっぱり俺が臆病な証拠で。頭の中で、ダメだとストップがかかったからだ。...大丈夫、まだ理性はある。だから、今のうちだ




俺を追いかけてくれた、その嬉しさを堪えて




俺を心配してくれる、その嬉しさを堪えて




俺を真っ直ぐに見てくれている、その嬉しさを堪えて






悲しみに別れを告げよう






「大丈夫ですよ。ただ最近寝不足なんで、先輩がそう思っているだけだと思います。心配してくれて、ありがとうございます」
「本当に?」
「はい、だから先輩、早く部長のところに行ってください。そうじゃないと、先輩怒鳴られちゃいますよ?」
「それは困る」






真剣にそう言う彼女に俺は思わず吹き出しそうになった。彼女らしい。じゃあ、と遠慮がちに俺を見て、それから先輩はにっこりと俺に笑顔を向けて、こう言った






「早く、あたしにも打ち明けられないような悩みをぶつけられる人が長太郎の目の前に現れたらいいのにね」






そして「じゃあ、また明日ね」と手を振り、彼女は俺に背を向け、また元来た道を辿っていった。その先にあるのは、彼女の恋人で。彼女は俺のもとから去っていく。......そう、それでいいんだ。




そう、それでいいんだ




彼女の後姿を見送りながら、俺は何度も自分に言い聞かす。俺では彼女を幸せに出来ないんだから、追いかけちゃいけないんだ。自分がそう戻るように仕向けたくせに、追いかけたいと思う気持ちをぐっと堪えて、俺は遠くなりゆく彼女に背を向ける




自分で決めたんだろ、『悲しみ』から別れを告げるって。俺が彼女をずっと想っていても報われることは決してないし、彼女には必要のない感情だ。『悲しみ』が増すだけだ






「.......先輩。貴女が言ったこと、実現するのは少し難しいかもしれませんね」







ぼそりと呟いてみる、1人で。彼女に届くはずはないって分かってる。そう純粋に望んでくれた貴女がいないから、口に出せるってことも分かってる




だって、『ありがとう』も『さようなら』も言えないまま終わってゆくこの恋物語の中心はいつだって貴女だったから






「....俺は、今まで貴女をずっと見てたんですから」







見上げた空はやはりさっきと変わらず相変わらず雲が多くて。だけどその隙間から見える空は青くて。こんな人が現れるのはいつになるのか先が思いやられる。それに今はとてもじゃないけど、そんな気分になれない。当たり前か、そう自分で納得して自分の中で苦笑する




この先に『悲しみ』しかもたらさないこの感情が、『嬉しさ』から生まれたなんて。信じられないけど、いつだってその『嬉しさ』は彼女の笑顔から生まれたんだ




届くことのない言葉を振り切るように、俺は深呼吸する。そして、もう一度空を見上げたら、線が曖昧で抽象的なものに見えた





















例えばこの気持ちを恋と呼ばないのなら、どれほど後悔するだろうか