クリスタルローズ
あの人の部屋の障子の前で膝をついて正座をし、持ってきた湯のみと急須を乗せたお盆を隣に置いて、深呼吸。意を決したはずなのに震える手をぐっと堪えて、障子へと伸ばす
「失礼致します、お茶をお持ちいたしました」
軽くノックを2回ほどして、中から短い返事が聞こえたのを確認してからあたしは遠慮がちにあの人の部屋の障子を開ける。自分が入れる程だけ障子を開けた時、あの人の姿を捉えて高鳴った心臓に知らない素振りをして、置いてたお盆をそっと持ちつつ少しだけ部屋の中に入った。また隣にお盆を置き、あの人に背を向けるようにしてそれから開けた分の障子をきっちり最後まで閉める。またあの人の方を向くと、目が合ってしまってどうしようもなく心が乱れた気がした。彼の瞳にどうしてもあたしの心の奥を捕まえられてしまうらしい。沖田総悟という名前の男はそれほどあたしの中で大きな存在だった
「さん、相変わらずお綺麗で」
会うたびに言われるお世辞には未だになれない。お世辞だと分かってはいるのだが素直な感情はすごく嬉しかったりする。好きな人に綺麗だと言われて嬉しくない人間がこの世にいるはずがない。だけど表情には出さなかった。出せなかった。どうしてだろう。1つ分かったのはそこまで可愛い女じゃないことが残念だということだ
「ありがとうございます。ですが、そのお言葉を沖田さんにお返ししますよ」
そう茶化したように言いながら、立ち上がったあたしはそのまま彼の近くまで行き、彼が座っている所から1人分の距離をあけた所に正座をする。彼にその動作を見られていると思えばガラにもなく緊張してしまった。そんな自分を隠し通したくて、わざと大人ぶってみる。彼と比べたら歳はあたしの方が上だが、恋に年齢は関係ないことを知っていたとしても。持ってきていたお盆を前のテーブルにそっと置いた
「男に綺麗とは褒め言葉ではありやせんよ」
「何を仰りますか。今まで貴方ほど綺麗な殿方を拝見したことがございません」
急須を手に取り、持ってきた湯のみにお茶を注ぐ。湯気が立ち、茶の香りが鼻をくすぐる。水と陶器がぶつかる音を掻き消すように自分が言った言葉に改めて納得をした。彼ほど綺麗な人をあたしは見たことがない。端正な顔立ち、大きな瞳を縁取る睫毛は女の子のように長く、乙女も羨むような白い肌、何よりも明るい茶の髪がとても艶めいていて触れてみたいと何度思ったことか。注ぎ終わった湯のみを両手で彼の前に置きながらもそんなことを考えてしまっている
「...それよりも俺ァやっぱりさんの方が綺麗だと思いますがねィ。貴女ほど綺麗な人を俺は今まで見たことがねーですよ」
自分の綺麗さに無頓着な彼はあたしが入れたお茶を一口啜る。その横顔すら愛しくて仕方がないのに、また返されるともう限界だ。コトと小さな音を立てて湯のみを置くその動作すら目で追ってしまう。彼は知らない。自分の言葉がどれだけ他人の心を揺さぶっているかを
「...またまたご冗談を。沖田さんくらい素敵な人だと他にも綺麗な女性がたくさん寄ってこられるんじゃないですか」
彼が先ほどまで触れていた湯飲みを見ながら、震える声であたしは言う。最後の方の言葉を言うのは悲しすぎて声が少し小さくなってしまったかもしれない。膝の上に乗せている手が妙に落ち着かず、ぐっと握る。何故か小刻みに震えてきたその手に違う手を重ねられた瞬間、あたしはすでに落ちてしまっていたのかもしれない
「じゃー貴女も言い寄ってきて下さいますかィ」
いつの間にか彼との距離がなくなっていた。距離を埋めたのはあたしじゃなくて彼だ。重ねられた手から伝わる彼の体温がとても温かいものだと初めて知った。驚いたように視線を彼に向けると、何と彼の真っ直ぐな。標的にされた兎のように瞳を反らせなくなる。胸の真ん中を射られる感覚が再び蘇ったことに嘘をつけない
「...どう、いうこと、ですか」
どういうことなのか聞かなくても意味は分かっていた。だけどそれを認めるのは自惚れの他にならない。疑問を投げかけたのは、彼の口から聞きたいから。確証が欲しいから。不敵に笑う彼の口から紡がれる次の言葉を待つ
「...面白いこと聞きますねィ」
こちらに伸びてくる手をじっと見つめる。その手はそっとあたしの髪を梳いた。二、三度くらい梳いた後彼の手はあたしの頬に固定された。沖田さんに会うために念入りに髪の手入れをしていて良かったと思いつつ、何だかくすぐったい。顔が熱を帯びていくのを彼に気づかれてしまったかもしれない。どこまで彼はあたしを落とそうとしてくるのだろうか。ゆっくりと流れる時間が今日はあたしと彼の為だと思えて、その時間が限りなく愛しくて
「貴女の髪に触れてェ、もっと貴女に近づきてェ.....もう止まらないんでさァ」
あたしだって彼のサラサラの髪に触りたい、もっと彼に近づきたい。そう欲する気持ちを止めるのはもう手遅れで。彼もあたしと同じことを考えているんだと知ったとき、少しだけなら自惚れてもいいのではないかなと思った。図々しい奴だとは思うけれど、彼はもしかしたらあたしを受け入れてくれるのかもしれない。そんな可能性は今まではありえないと思っていたけど、今はゼロじゃない
「...さん、貴女はどう思ってるんですかね?」
あたしは、。彼こそ狡い人だ。そんな質問をあたしにしてくるなんて。もう気づいてるのでしょう、あたしが貴方を拒絶しない時点で。でも最初にバレてるのならそれはそれで好都合だ。あたしは余計なことを言わずにただ肯定だけをすればいいのだから
「...貴方と同じことを考えております」
反則技を使っても彼は勝てればそれでいいみたい、あたしの言葉を聞いてそんな笑みを浮かべた彼が妙にあたしよりも上をいっている気がして少し悔しいかもしれない。でもそんな貴方が好きかもしれない。ううん、『かも』じゃない。好きだと断定できる
「じゃーそろそろ本気で手に入れようとしても構わない、そう捉えておきまさァ」
彼はそんなことを言うが、すでにあたしは貴方の物になっているのではないだろうか。でもあえて言わない。愛しくて。貴方が迎えにきて欲しくて、わざと。少しくらいいいでしょう、反則を使ったって
「さん、貴女は卑怯なほど、」
柳生先輩のお話の総悟君バージョン。雰囲気似てるでしょ?(笑)こういう静かな攻防戦?みたいなお話案外好きかもしれない。まあ、要は迫られたかっただけです(オイ)あとさりげに女中さんのお話が書きたかった。...あ、実は女中さんですよ。後ちなみに意味分からないタイトルはお話にあんまり関係ないですね(え)ただ綺麗なものを並べただけ、みたいな
20080504