「おい、岳人」
「何だよ」
「ちょっと今から青春学園行って来い。今日の練習はお前だけ見逃してやる」
「は?」
「青学の顧問にこの資料届けなきゃいけねーんだよ。ほら、つべこべいわず行ってこい」
「ちょ、待てよ!ってうぉーい?!樺地、襟掴むんじゃねー!!」
「ウス」
前から跡部はめちゃくちゃな奴だって分かってたけど、ここまで強引だとは思わなかった。俺は反論する間もなく跡部に勝手に決められ、そう流されているうちに俺の目の前にはでっかい学校がある
そう、彼女が通う青春学園
名前に乾杯
俺は『俺』で本当に良かった
俺はとりあえず校門をくぐる。氷帝とはまた違った雰囲気に圧倒された。何つーか、校舎はでかくて綺麗だし、生徒は多いし。氷帝も結構豪華だと思うけど、青学もすげーな。いわゆるマンモス校ってヤツだな
......それにしても俺一人だけ違う制服を来ているからか、さっきから思いっきりじろじろ見られてんだけど。ああ、早く青学のテニス部顧問にこれ届けよう。そして早く帰ろう。......まあちゃんにも会いたいことは会いたいんだけど
「あれ、君は氷帝の向日じゃないか」
部外者なのできちんと来校者の名前書くところにちゃんと名前と今の時刻を書き、それからスリッパ借りて履いたところ誰かに肩を叩かれた。そして、俺を知っているので誰かと思って振り向いたら......
「あれ、もしかして不二?で、菊丸じゃん」
そこには俺の肩を叩いた不二とどこか青ざめている菊丸がいた。もちろんこいつらのことは知っている。何故ならこの学校のテニス部レギュラーだからだ。なので試合のときに顔を合わせたりしていていわゆる顔見知りだ
「お前ら、久しぶりだな」
「そうだね。ところで君が何でうちの学校にいるの?」
俺がそう言うと、不二はにっこり笑って尋ねてきた。菊丸がどこか怯えながら一歩後ずさりしたのが気になったがとりあえず俺ははあとため息をついて答える
「跡部におつかい頼まれてさー。お前らの顧問に届けなきゃなんねえの」
「ああ、竜崎先生に用事があったんだね」
俺はそう言って跡部から預かった資料の袋を見せた。なるほどと不二は納得する。笑みを絶やさない。一方菊丸は今度はおろおろと不二と俺を交互に見た。何かこれから悪いことが起こるといった感じだ。......どうしたんだろ?...それにしても何だか悪寒がしてきたのは気のせいか
「別にちゃんに用があって来」
「ああーッ早く向日逃げてーッ!」
......気のせいじゃなかったみたいだ。不二の周りには普通見えもしないようなどす黒いオーラが見えた。菊丸の言葉で思わず靴持ってスリッパのままダッシュ。本能でコイツから離れなきゃと思った。後ろで菊丸の決死の声が聞こえたけど、おそらく俺の為に身を削ってまで不二を止めてくれたのだろう。菊丸、お前は本当にいいヤツだ
...ああ、噂に聞いてた通り不二って恐ろしい。あんな黒いオーラ出せるの、魔王くらいだ。しかも、何。アイツもちゃんのことが好きな訳?俺に対してあんなに敵対心剥き出しにするってことは本当にそうな訳?......うわー、厄介なライバルができちまったぞ、俺。どーするんだよ。あ、でもそれにしても菊丸の心配りに一種の感動を覚える。本気で感謝
そんなことを思いながら俺はとにかく走った。走って走って走って...いつの間にか外に出ていた。もうここまで来たらいいだろうと判断し、とりあえずベンチを発見したので座ってスリッパから靴にはきかえる
...つーかここどこだ?明らか迷ったよな、俺。職員室行くにはこれからどうしたらいいんだろう?
「見て見て!この前、氷帝に行ったときの写真できたの!」
「やっぱ氷帝はカッコイイよね!私写ってるの焼き増ししてー」
「いいよー」
そんなとき、女の会話が俺の耳に入り、思わずびくっとして座っていたベンチの後ろにあった木の後ろに隠れる。......俺、何やってんだろ。何か悪いことしてる奴みてえだな。何も悪いことしてねえのに。あー早く用事済ませて帰りたい。魔王はもうこりごりだ
「やー、やっぱり忍足さんはカッコイイよねー」
「あたしは芥川さんの方が好き!かっこ可愛いところがいいっ」
「私は断然宍戸さん!テニスやってるときめちゃめちゃカッコイイ」
「ま、何にしてもこの写真宝物だよ」
「ほんと。今度は跡部さんと写真取りたい!」
「ちなみにあたし、日吉君と鳳君の2年コンビを狙ってます」
どうやら女子達は俺が先ほどまで座っていたベンチに座っておしゃべりを始めたようだった。ものすごく気まずい。ってか.........うわーすげー。何がすごいって俺以外のテニス部レギュラーって俺が思ってる以上に人気あるってこと。確かに俺から見てもあいつらカッコイイしな。......別に俺はモテたいと思ってないけど、やっぱり葛藤というものがあるんだよ。分かるか?
「あ、でも。向日さんもいいよねー」
「うんうん。また芥川さんと違った可愛さがあるしね」
と思ってたら......え、俺?今俺の名前言ったよな。思わず体が固まる。何で俺も?俺、他のヤツに比べて全然地味なんだけど。でも、うわ、何かこれはこれで反応に困るかもしれない。しかも可愛いって何だ。......身長どうせ低いですよ、どうせ
「ダメー!向日先輩はあたしのなの!」
「なっ?!」
なんて思ってたら、いきなりこんな言葉が聞こえてきた。え、何その大胆発言。しかも、おおお俺?!おお俺ですか?!俺って誰かのものなのか?!しかも、どっかで聞いたことある声なんだけど
.....ってしまった!!つい声に出しちまった
「分かってるよ、って、え......?」
「今、何か声したよね」
「うん、後ろから聞こえた」
気づいた時には後の祭り。俺は咄嗟に口を手で抑えたが、だからと言って俺が声を出したという事実が変わるわけでもない。ヤバイヤバイヤバイ、どーすんの、俺。ってそんなこと言ってる場合じゃない。早く逃げなきゃ
「誰...って、キャー?!」
「や、ちょ、向日さんじゃない?!」
「どうしてここに?」
と思ってたらすでに遅し。つーか、何でこういうとき俺ってトロいかなあ。気づいたら俺の前に3人の女の子が現れた。そして思いっきり俺を指差して、きゃーきゃー言ってる。...俺、どうしたらいいんだろ。逃げていいものだろうか。つーか、逃げたい。何か恥ずかしいんだけど、俺
「ちょっと、アンタが一番会いたい人でしょーが!」
どうしようかと迷っていたら、3人の女の子の1人がぐいっともう1人の女の子の手を引っ張った。そのコは「ちょっと」と躊躇いがちに俺の目の前に顔を出した。そして、俺と目が合う。ん?あれ、この可愛い女の子って
「......ちゃん?」
そう、ちゃんだ。俺が密かに会いたかったちゃんだった。あの不二をも虜にしたと推測されるちゃんは俺が彼女の名前を口にするなり、かあっと顔が赤くなった。そして、自分の腕を掴んでいる友達の手を外し、そして...
「?!」
「ちょ、どこ行くのよ!」
いきなり俺達を置いて走り出した。いきなりのことでポカンとするちゃんの友達3人と俺。え、いきなりどうしたんだろ。何か急に用事思い出した、とか?俺はそんなことを考えていたが、よく分からなかったので考えるのをやめた。つーか、それより
「俺、追いかけてくる!」
俺は誰に対してってわけじゃないが、強いて言うなら自分にそう言いきかせるようにちゃんが走って行った方へと走り出した。どうして自分が追いかけなきゃと思ったのかは分からないが、とりあえずこのままちゃんをほっといてはいけないと直感的に思った
その手を早く掴まなきゃと思った
.........んだけど、ちゃんってかなり足早いんだな。見失っちまったよ。俺も別に遅い方じゃねえけどさ。まあ体力はないけど。いや、それはどうでもいいんだ。早くちゃんを見つけないと。......ってか、ここどこだ?俺の方が迷子みたいだ
「......あ」
と思ってたら、ちゃんの姿を発見した。木にもたれかかって胸に手を当てて呼吸を整えている。その顔が少し赤かったからきっと全速力で走ったんだろう。...何で走っちゃったかどうかわかんねーけど、とりあえず見つけられて良かった。俺はそう思ってちゃんに近づこうとすると、ちゃんは俺の気配を感じたのかふと俺の方を見た。目が合った。ちゃんは驚いたように目を見開き
「え、あ、おい?!」
また逃げた。何、ちゃんが逃げてるのってもしかして俺から遠ざかるためなのか?もしかして俺、ちゃんに避けられてる?うわー、かなりヘコむんだけど!ちょーヘコむんだけど!俺、何か悪いことした?
...ってそんなつべこべ言ってねーで走れっつーの、俺
「ま、ま待って!ちゃん!」
俺から逃げる彼女の背中に向かって俺は叫ぶ。つーか、本当に足早いよな。さすがテニス部って感じ。俺ももう少しスピード上げなきゃまた見失っちまう。そう思い、スピードを上げたところ
「え?!」
彼女はいきなり立ち止まった。本当にいきなりだったから、俺はブレーキをかけきれず彼女の方に突っ込む......のはどうしても避けたかったから、彼女を避けて斜め右横へ無様にズザーとへばりついた。実は持っていた青学顧問への資料もそのせいでどっかに飛んだ。あいてててて。ちゃんの前で何やってんだ。この馬鹿
「...すみません」
「え?」
「......あたし、かっこ悪いですよね。情けないです」
いや、かっこ悪いのは好きな女の前で無様にこけてる俺の方なんだけどと言おうと思って、立ち尽くしているちゃんの方を見た。そしてぎょっとする。ちゃんは顔を手で覆っていた。......もしかしたら泣いてるのかもしれない
どうしてかは分からない。...俺、もしかして何かした?もし、何かしてたとしたら......大魔王が黙ってるわけねーからタダじゃ済まねーぞ、俺
「な、んかした?俺」
「......向日先輩は何もしてないです!むしろ、あたしが...」
俺は立ち上がって、青学顧問への資料をほったらかしてちゃんの方へと歩み寄った。俺がそう聞くとちゃんが思いっきり横に首を振る。まだ手を顔で覆っているから、俺はその手をそっと掴んだ。そして、その手を顔から剥がす......やっぱり彼女は泣いていた。どうして、泣いてるんだろ。つーか、ああ、泣いてるちゃんも可愛いと思ってるんじゃねえよ、俺。そんな場合じゃねーだろ!
そう葛藤(と呼べるか分からないが)を終えた俺は、とりあえずどういう言葉をかければいいのか必死に考えていた。正直、ケイケンねーから女の子をどうやって慰めたらいいのか分からなかった。泣いてる女の子を目の前にしてどう対処したらいいかも分からず、俺はとりあえず指で彼女の涙を拭ってみた
「向日先輩...」
涙声で俺の名前を呼んで、少し俺の顔を見たかと思ったら、急にちゃんが俺に抱きついてきた
「え!」
突然で驚きを隠せないけれど、なんておいしいシチュエーション!...じゃなくて。じゃなくて。じゃなくて!え、何。ちゃんは何がしたいんだ?俺の心臓を壊したいのか?今、心臓はありえないくらいバクバクいってて、顔に熱が上ってくるのも分かる。...そして、俺の手はどこへやればいいのか分からない
「......ごめんなさい。向日先輩」
「え、何が?」
俺がどうしたらいいのか分からず固まっていると、ちゃんはいきなり謝りだした。え、何のこと?と本気で分からなかった俺は自然に疑問を口にする。ちゃんは鼻をすすって、それから言った
「...先輩はあたしのだって、勝手なこと言っちゃって、本当すみません」
「え、別にそれだったら謝ることないって」
何だ。そんなことか。そんな謝ることじゃないって。むしろ、嬉しかったんだけど。そう思って少し下を見ると、ちゃんはまた首を横に振った
「でも、でも。ヒステリックなとこ見せちゃって...」
「そんなことないって」
「それに、向日先輩は本当はあたし達のテニス部の中でも人気あるんです...。でも、あたしが向日先輩が好きだからあんまりみんな口にしないだけで」
え、そうなの?と聞き返したら、こくんとちゃんは頷いた。それからまた言葉を続ける
「あたし、自分がワガママ言ってるって分かってるんですけど」
「....」
「...だけど、向日先輩を誰にも取られたくないんです.....!」
そう言って俺にしがみつくちゃん。めちゃくちゃ可愛いんですけど!どうしようもなく嬉しいんですけど!っていうか、好きなコにそんなこと言われるなんて嬉しくないわけないんですけど!やべ、めちゃくちゃ嬉しい。本当、今幸せ。俺はちゃんにそう思ってもらえるような男になりたいと常々思ってて
だから、それは全然ワガママなんかじゃない
「あのさ、別に俺は全然嫌じゃないぜ?」
「......え...幻滅しない、ですか?」
「幻滅なんてしないって!や、むしろ嬉しいっつーか、なんつーか」
こういうときに限っていい言葉が見つからない。ああ、このとてつもなく満たされる気持ちをどう表現したらいいんだろ。俺は照れ隠しにそっと彼女の頭を撫でた。ああ、ほんっとーに可愛いんですけど!何回言っても言い足りない。それくらい、とてつもなく彼女がここにいてくれて嬉しい
「あー俺、今日ここに来て良かった。...ちゃんに会えたし」
魔王に会って命の危機にも遭遇したけど、それでも跡部が無茶苦茶なヤツで良かったと思ってる。そのおかげで今日ちゃんに会えたんだからな。本当にそう思ったからそう言葉にした
そして口にした後で俺ははっと気づく。え、これって、めちゃくちゃ恥ずかしいセリフじゃねえ?だって、ちゃんは驚いたように俺の顔を見てるし。あ、ちょ、恥ずかしいかも。まるで俺がちゃんに会いたくて仕方が無かったと言ってるようで。...まあ、事実なんだけどな!会いたかったんだけどな!うん、会いたくて会いたくて仕方なかったけどよ!
こんなセリフを言っただけであたふたしているチキンな俺をちゃんはしばらく目を丸くして見ていたが、ふと可愛らしく笑って俺にこう言った
「......あたしも会えて嬉しいです。岳人先輩」
効果音で言うならばドキ。ビジュアル的に言ったら間違いなく心臓にハートの矢が刺さった。あまりにもの驚きとときめきと鼓動の激しさに俺は思わずちゃんに距離を少し置いて、鼓動を落ち着かせるために深呼吸する。つーか、本当可愛いよな。何でこう俺のツボをついてくるかな、ちゃん。しかも、岳人先輩って...ん?
岳人って俺の名前?今、俺のこと苗字じゃなくて名前で呼んだ?
「え?!きゃーッ!岳人先輩?!」
その事実に気づくと急に眩暈がして、よろめいた。彼女は驚いたように叫ぶ。...うう、やられた。これはときめかずにはいられねーだろ。いつも『向日先輩』だったのに急に『岳人先輩』って。ああ、不意打ちはないぜ。俺は遠ざかる意識と共にこう思う
ああ、俺に『岳人』って名前をつけてくれた父さんと母さんに感謝
君が俺の名前を呼ぶと、自分の名前が特別な気がするのはきっと気のせいではない
魔王が出てきました(そこかい)このお話のヒロインは素直っていうか、空丘の書くヒロインにしては珍しいですよね。後先考えず好きな人に抱きつくコっていいと思います(偏見)とりあえず今回はヒロインにガックンの名前を呼ばせたかっただけです(正直)