俺は背中に羽があったなら君にすぐ会いにいけるのに、という陳腐な言い訳はしないよ。背中に羽はなくても俺には君の元へと走っていける足がある。だから、この足で君に会いに行くよ
RUN!!
俺は走る、君の元へ
もうどれくらい走っただろうか。まだ息は切れてないし、まだまだ大丈夫だ。君がいるところまではまだまだ距離はある。だけど、少しずつ近づいてはきてるんだ。もう少し待っててね、君のところに必ず行くよ。だって、俺はまだ言ってないことがある。まだ君に伝えてないことがあるんだ
「あたし、転校するの」
君がいきなりそう言うからとても驚いたよ。だって、これからも君とずっと笑っていられると勝手に勘違いしていたから。君と離れることなんて想像できなかった。今でも、未だに君がいなくなった実感が沸かない。まだ、君が突然俺の前に現れて笑ってくれるような気がしているんだから。思い上がりだって分かってるけど、でも願わずにはいられなかった。そう思わなきゃ、寂しさに潰されそうになるから
知らない道を走ってて、こんな場所があったんだ、と初めて気づく。俺が今いる場所が小さくて、君と会える場所なんてもっと小さいんだと思い知らされる。ああ、日本って広い。日本というちっぽけな国にいてそう思うんだから、世界なんてもっと広いんだと思った。だから、君と出会えたのは奇跡だったんだね。君といた、そんな当たり前だったことが奇跡だったんだね。君がいなくなってからそう感じたよ
「驚いた?そりゃそうよね。だって、あたしだって驚いたもん」
そう言って寂しそうに笑う君。やっとその時、俺はどれだけ君の事を想っていても所詮『他人』は『他人』なんだと気づいた。俺は『他人』を縛れない。君を縛ることはできない。どんなに嫌だと思っても君は俺を置いて、新しい町へと生活の場を変える。それは仕方がないといったら仕方がないことだった。俺達は1人で生きていられるほど大人じゃないし、それはどうにもできないことだって分からないほど子供でもなかった
君は新しい町へと向かう途中、こんな周りの景色を見て何を想ったんだろう。俺が走っている道と平行に線路が向こうの方に敷かれてる。君はその線路に沿って走る電車の外の景色をどう感じただろうか。俺は何だか不安な気持ちになってくるよ。俺達が過ごした町から離れるたびに、何だか不安が込み上げてきて、早く自分の町に戻りたくなる。だけど、戻らないよ。君に会うまでは。君に会うまでは、自分の町には帰れない
「...今までありがとね」
今まで、だなんてそんなこと言わないで欲しかった。それに、ありがとうなんて言わなくていいんだよ。言わなきゃいけないのは俺の方。だけど、俺は言えなかった。ありがとう、だなんて言ったら君との別れを認める気がして、とてもじゃないけど言えなかった。認めなくなかったんだ。君と別れるなんて。そんなの嫌だったんだ。もっと嫌だったのは、そんな俺。笑って見送ることなんてできなかったんだ
結構走った気がする。大分息が苦しくなってきた。周りの景色を見ている余裕が少しずつなくなってきているのが分かる。一体qに換算したら、俺は何q走ったのだろうか。俺は、君のところまであと何q走らないといけないのだろうか。...ああ、ダメだ。そんな先の見えないことを考えては。俺は君に会いに行くんだ。絶対君に会いに行くんだ。君に伝えるんだ。俺の気持ち、全部。それを考えたら、まだまだ走れる気がした
「じゃあ、元気でね」
そう言って俺に背を向ける君を追いかけたかった。その手を掴みたかった。だけど、そんなことできなかった。掴んだ後、何て言えば分からなかったし、行かないでなんてもっと言えなかった。君の顔を見ると、君はこの町を離れたくないって思ってることが分かってたよ。だからこそ、言えなかった。君自身、自分1人で生きていけない悔しさを抱いていたんだと思うから。その上で、離れるという決断を君が下したんだから。俺は彼女の決断を間違ってるなんて思えなかった
早く会いたい。走っているのとそういう想いが詰まって、息が苦しい。足もだんだん疲れてきた。だけど君に会いに行く決意は一つも揺るがない。正直、そんな俺が自分で誇らしく思えた。まだまだ走れる、そう言い聞かせて一歩一歩、初めて通る道に足跡を残す。後ろは向かなかった。君がいるのは、俺の先だから。後ろを向いたって君はいない、俺は前を向いて走り続ける。だから、君、今行くから待っててね
「英二がいなくて心細そうにしてたよ、さん」
君がいなくなる日。俺は部屋に閉じこもっていて、君の見送りに行かなかった。そして、後から君を見送りに行った不二からそう聞いた。寂しそうにしてくれるなんて、何て俺は幸せ者なんだ。何て馬鹿者なんだ。君を寂しがらせるなんて。それを聞いて俺は行けばよかったと思った。後悔、という言葉が頭をよぎる。本当に申し訳なかった。笑って見送れなくて本当にごめんと謝りたかった。だけど、もう遅くて謝罪の言葉を聞いてくれる君はもういない
ここまで来たら、もうヤケだ。絶対絶対君に会いに行くんだ。だんだんスピードが落ちてくるのが自分でも分かってるけど、それでも走るのは止めない。ここで足を止めたら、君に会えない予感がする。だから、走る。走る。走る。俺は走る
ここがどこなのかは全く分からない。直感で角を曲がったり、真っ直ぐ行ったり。要は、頭が足に追いつかない。体力が落ちているからかもしれないけど、俺は信じてる。他人が聞いたら、そんなこと笑うかもしれない。無理だと言うかもしれない。バカにするかもしれない。それでも、俺は信じてる。君に会えるという『奇跡』を。この地球上で、俺と君が少しの間でも出会えたことが奇跡なら、今だって俺と君を会わせてくれるだろ?なあ、神様
都合の良すぎる話だって分かってる。だけど、奇跡を信じなきゃ前へ進めない。神様でも誰でもいいからもう一度だけ奇跡を起こしてください。...いや、俺が奇跡を起こすんだ
「でも英二の方が心残りじゃない?」
不二は鋭い。だから俺を試すように尋ねた。俺はとてもじゃないけど横に首を振れなかった。確かに心残りだ。だって、伝えてないんだから。まだ、俺の気持ち、君に伝えてないんだから。別に受け止めて欲しいとは言わないさ。そこまで高望みはしない。だけど、伝えたい。溢れ出しそうなこの気持ちを形にしたい
ああ、何だか視界がぼんやりしてきた。走りすぎかなあ。俺、もともと青学レギュラーの中では体力ない方だし、短距離は得意だけど長距離ははっきり言って苦手だ。太陽は俺を苦しめるかのように照りつけ、空はむかつくほど青く、風は俺の行く手を阻もうと向かいから吹いてくる。太陽、そんなに俺を照らさないでくれ。空、そんなに俺を冷めた目で見ないでくれ。風、そんなに俺の邪魔しないでくれ。......俺、もっとがんばれよ
「......英二?」
意識が朦朧としている中、あれ、俺、今度は幻覚が見えてきたみたい。だって、俺の先に君がいるんだから。驚いたように目を見開き、俺の名前を呼んでいる。なんて嬉しいことだろう。幻覚だったとしても、君には会えた。君が俺を呼んでくれた。幻覚が見えてるということ、すなわち頭がおかしくなったと捉えられても構わない。君がそこにいれば、満足なんだ
「英二」
ようやく君を見つけたよ。俺はそういう安堵感から、君とまだ離れているのに、足がとたんに動くのを止め、どさりと膝をつく。苦しさが一気に襲い掛かってきて、息をするだけで精一杯だった。息を切らしながら、俺は目の前が白黒しながらも君が俺の元へ走ってきてくれているのが見えた。俺は思わず口元を緩める
「英二!どうしてこんなとこまで!」
君に会いたかったからだよ。叫びながら、俺の元へとやってくる君に返事をしたかったけど、呼吸が乱れて声にならない。頭が痛い。せっかく君がこっちに来てくれようとしてるのに、もう覚めるのか。もう少しだけでいいから、まだ幻覚を見させて。今すぐこの気持ちは形にするよ
「......俺、のこと好きだ」
そう、好きだ。俺は君のこと大好きなんだ。君がいなくなってから、初めて言葉にしたいと思った気持ちは恋なんだ。俺はそれを伝えたくて、君に会いに来たんだよ。本当は謝罪の言葉も考えた。だけど、わざわざ君に会いに行って謝罪はないでしょ
ああ、君には伝わった?俺の気持ち。君の気持ちがどうであれ、俺の気持ちは君に伝わった?......伝わったのなら、それだけで嬉しい。心から嬉しい。今なら世界で一番幸せ者だと言えるよ
君を好きになれて良かった
「バカ!!英二のバカ!!もしかして、ここまで走ってきたの?!」
ふらつきながらも立ち上がったそのとき、俺の胸に彼女が飛び込んできた。俺は無様にもまた道に座り込んだ。そのとき、腰を打った衝撃ではっと気づく。...幻覚じゃない。だって、君の体温が俺に伝わってくる。君が俺の胸を軽く拳で叩く優しい痛みがある
これは幻覚じゃない。現実だ
俺は君に会えたんだ。...奇跡は起こったんだ
「本当にバカ!どうして、ここまで来たの!?どうして...どうして今更あたしの前に現れるのよ!?こんなにボロボロになってまで...」
君は俺の顔を見上げる。そんな君の頬に伝うのは、何故か涙。ああ、綺麗な涙を俺の為に流すのか。俺が来たせいで、君を泣かせてしまったのなら、俺は本当に情けない。だけど、でも。来て良かったとも思うよ。君の涙をこうして拭うことができたから。確かに俺はもうボロボロだけど、それでも君を1人で泣かせずに済んだのなら、それは無駄じゃない。無駄なんかじゃないんだよ
「...それに何でそんなこと言うの...?」
君の涙を拭う俺の手をそっと自分の両手で包み込み、君は真っ直ぐに俺を見つめた。何で、と聞かれてもその為に君に会いに来たんだから。勝手すぎるのは分かってる。だけど、君に伝えないまま君と離れるのは嫌だった
「何度も何度も諦めようと思ったのに...。それなのに、あたしだって、英二のことが好きなんだから...!」
その言葉を言い終わったか終わらないうちに俺は君を抱きしめた。きつく、きつく。今だけ、君を誰にも渡さないよ。太陽にだって空にだって風にだって。君を渡してやるもんか。今だけ、君は俺のものだよ。君を一番好きなのは、誰でもなくこの俺なんだ
「ありがとう。俺、がすっげー好き」
「あたしだってすごく英二が好きなんだよ」
「俺の方が好き」
「あたしの方が好きだもん」
泣きじゃくりながら、そう言う君がとてもとても愛しくて。俺はさらに腕の力を強める。ああ、奇跡って起こそうと思えば起こせるもんなんだね。君が俺の腕の中にいることが何よりの証拠だ。すごく幸せ。すごく嬉しい。もっと望んでもいいならば
「.....また、会いに来るよ」
『人間』を造った人が誰だか知らないけれど、ありがとう。俺の背中には確かに羽はないけれど、それでも君に会いにいける足を与えてくれた。本当にありがとう。すごく感謝している
おかげで、俺は君にもう一度会えたよ
微妙な雰囲気で終わらすのが空丘流。書いてるとき、メールとか電話とか現代の科学技術の賜物を忘れていました(コラ)