君の笑顔が頭に焼き付いて離れないよ
LAST CHRISTMAS
「○×病院の2112室、あたしはいつでもそこにいるよ」
昨日初めて出会った少女は俺にそう告げた。.....それって行かなきゃならないのか
「行かなきゃならないに決まってんだろ」
「桃先輩だったら言うと思った」
今日は休日。本来なら学校に来なくてもいい日なのだが、部活があるのでそうもいかない。といっても昨日予想した通り、遅刻してしまったが。だけど今日の部長は何かいいことがあったみたいでいつもならグラウンド50周と怒鳴られるところを、今日はグラウンド10周で済んだ。後でこっそり不二先輩
に聞くとどうやら溺愛の彼女とのクリスマスデートが決まったらしい。テニスでは人間扱いされていない手塚部長だがやはり人間だ。そして男だ
グラウンドを10周走り、俺はいつも通りに練習をこなす。そこで思ったのはやはりクリスマスの力は偉大だなということだった。みんな、どこか浮かれているように見える。菊丸先輩や桃先輩はともかくあの大石先輩や河村先輩までが練習が力に入らないようだ。これも不二先輩からの情報だがやはりみんなクリスマスは彼女と過ごす予定らしい。....つーか、何で不二先輩知ってるんだろう。どこまでも侮れない人だ。不二先輩はどうなんっスか、と聞いてみると「さあね」とにこやかに微笑まれて流された。.....さすが青学テニス部一最恐の男
そして上の会話は部活が終わって部室で着替えている時のものである。昨日桃先輩と別れてそれからのことを話すと桃先輩は目を輝かせて俺にそう言ったので俺の予想は見事に的中してしまった
「今から行けよ。彼女、待ってるぜ?」
「言われなくてもそのつもり」
「お?」
「一言言わなきゃ気が済まないから」
そう、一言言わなきゃ気が済まない。昨日はあまりにも不意打ち過ぎて何も言えなかったけど、冷静になって考えた今なら何か一言言える。あともう一つ聞きたいこともあった。昨日の言葉のその意味
「今日、死のうと思ったのになー...見てからじゃないと死ねないじゃない」
彼女は何を思いながら、こう言ったのか
「ふーん。ま、頑張ってこいよ」
「何を?」
桃先輩は何だよそれと言ったが、俺にその答えを追及することはなかった。その代わりニヤっと笑って俺を見る。ぞぞっと寒気が走ったのは言うまでもなかった。俺はとりあえず何を、と聞いたが、次の言葉はたぶん分かる。そこまで俺は鈍感な男じゃない
「恋愛?」
その言葉に何馬鹿なこと言ってるんっスかと真顔で返した。何ですぐにそうなるんだよ。しかも疑問系かよ。ツッコみたいことは山ほどあったけど、ツッコんでるとキリがないからやめておく。横でつまんないヤツだなと桃先輩が言ってるのを聞き流し、俺は帽子を被った
○×病院とはここらへんでは一番大きな市立病院だ。場所はすぐに分かる。手土産もお見舞いの品も何も持たずにただ部活帰りなのでテニスバックだけを持って、俺は中に入っていく。中にはたくさん人がいた。この時期は寒いし体調を崩しやすいので、当然といえば当然だろう。ゴホゴホと咳をしている人、マスクをしている人、見るからに顔色の悪い人、いろんな人々がそこにいた
俺はとりあえずその傍を通り過ぎ、昨日彼女が自分はここにいるといった2112号室は2がつくのだから2階だろうと思って、とりあえず階段をのぼり、2階に来た。しかし来てみたのはいいものの、俺はここに来たのは初めてで2112号室に行くためには右に行けばいいのか、はたまた左へ行けばいいのか、それともそのまま真っ直ぐ行けばいいのか分からなかった。そのとき、たまたま通りかかった看護婦さんに尋ねると、このまま真っ直ぐ行ってそれから右に曲がればすぐにあると教えてくれた
俺はどうもと軽く頭を下げ、そのまま前に進む。歩く速さはしだいに速くなっていくのが自分でも分かったし、心臓もドクドクいってる。それは早く彼女に一言言ってやりたいからか、それとも彼女が本当にそこにいるのか確かめたいからか、どちらかは分からない
ただ右に曲がって2112号室の病室の前に来たときに「」という名前が書いてある札を見て、安心したのは確かだった。俺はとりあえずドアの前に立って息を正し、それからノックをした。中から昨日と同じ声で「どうぞー」という声が聞こえる。ドアノブに手を伸ばし、ドアを開けた
「.....あれ、昨日の....」
「.....ども」
部屋の中にはベッド一つとそのすぐそばにある棚、そして冷蔵庫くらいしかなかった。シンプルというのにも程があってまた部屋の大半は白い色で占められている。白いベッドの上に座って俺を驚いたように見ている彼女はやはり昨日の彼女で、新たな安堵感を感じた
入り口付近に立って、向かいにある窓から差し込む太陽の光が眩しく、外の風景が見えることに気づく。彼女はいつもここから外の世界を見ていたのかと思うと何とも
いえない感情が湧き出てくる。しかしそこで出てくるのは疑問。はたして彼女はどうして昨日外の世界にいたということだ
そんなことを考えているうちに驚いていた彼女の表情は笑顔へと変わった。それからドア付近にいた俺に向かって、中に入るように手招きをする。俺は一歩、二歩、三歩、彼女へと近づいた。それでも彼女は手招きを止めない。もう一歩俺は足を動かすと、彼女のすぐ近くまで来た
「その大きな荷物置いたら?」
「え、ああ」
彼女はそう言って俺のテニスバックを指差す。そう言われて俺はそれもそうかと思ってテニスバックを下に下ろし、それから彼女の方に向き直したその時だった
「ありがとー!!来てくれたんだね!すごく嬉しいよー!!」
「!?なっ、ちょ、何」
彼女はいきなり俺に抱きついてきた。思わず硬直、そして驚き。俺は彼女の腕を自分から剥がそうとしたが、思った以上に彼女は力を入れているようで離れない。いや、剥がそうと思ったら剥がせるけど俺がこれ以上彼女を掴む腕に力を入れれば折れるんじゃないかと思うと少し怖くて、またそれくらい彼女の腕は細かった
「だってね、本当に来てくれたのって貴方だけよ」
「は?何それ」
「だから、嬉しくって」
「人の質問に答えなよ」
彼女はマイペースな性格のようで、俺から離れて俺の質問に答えることもなくただ純粋に嬉しそうな顔をしていた。それからのんきにも「何か飲む?」とベッドから降りようとしていたので、俺はそれを止めさせた。病人なら病人らしくしろ、それがそのとき思った本音である
俺が止めると彼女は不満そうに口を尖らせて「じゃあ、冷蔵庫の中にジュースあるから勝手に取って」と言ったが俺はいらないと返す。「遠慮することないんだよ?」と彼女はさらに言うが、俺は別に遠慮してるわけじゃない。ただ
「今日、ここに来たのはアンタと話したかったからなんだけど」
そう、別に気を使ってもらいに来たわけじゃない。話したかったからだ。言葉の一つや二つ言ってやりたくて、そして彼女にも聞きたいことが山ほどあった。だからわざわざここまで来たんだよ
「じゃあ、いっぱい貴方のことを聞かせて?」
「いや俺の話じゃなくて....」
「?」
そう言うと彼女はにっこりと可愛らしく微笑み、俺の話を聞かせろと言う。俺が話したいのは俺のことじゃなくて彼女のことなので俺はそう言おうとしたが、言葉を途中で切った。彼女が首を傾げる。そんな彼女の目が本当に俺の話を聞きたいと言っているように見えたから、俺はため息をつき、話題を探した。そして口を開く。本当は俺、自分のことを話すタイプじゃないんだけど
「俺さ、テニスやってるんだよね」
どれくらい時間が経っただろうか。分からないが、かなりの時間に違いない。俺が来た時には青空だったのに今ここから見える外は赤色に染まろうとしている
彼女は俺の話を夢中で聞いた。俺の言葉にへえとかそうなんだとか相槌を入れたり、分からないテニス用語などを聞くとそれ何?と聞き返した。その度に俺は説明を加える。本当は説明することってめんどくさくてあまり好きじゃないんだけど彼女はどんな話題にでも楽しそうにするから、それが苦にならなかった
「テニスっておもしろそうだねー。あたしもやってみればよかったな」
俺の話が終わるとベッドの上で彼女はテニスのラケットを振る動作をしながらそう言った。その言葉に違和感を覚える。すぐにその違和感のわけが分かった。彼女は別に何も気にせず言ったんだろうが、その言葉をちゃんと捉えると悲しい言葉に違いない
『やってみればよかったな』
まるで、もうできないようなその言い方
「ねえ、今度は俺が聞いていい?」
「うん、いいよ。何でも聞いて」
自分の話を全て話し終えたので今度は俺が彼女のことを聞く番だった。俺がそう聞くと、彼女はそう言ってくれたので疑問を全てぶつけてみようと思って口を開く
「何で昨日あんな場所にいたの?」
「あたしね、病院にいるのが時々窮屈になっちゃって、こっからこっそり抜け出すんだ。で、少し歩き回ったりするの」
「俺が初めて来てくれたっていうのはどういう意味?」
「あたし、リョーマだけじゃなくて外に出たらいろんな人にもここにいるから会いに来てよ的なこと言ってるんだよね。だけど、一人も来てくれたことなくて。リョーマが初めてあたしに会いに来てくれたんだよ」
「家族は?」
「いないよ。あたし一人」
「いつからここに入院してるの?」
「いつからだろ、うーん....半年くらい前かな」
我ながらちぐはぐな質問だと思う。全然聞いてることが繋がってない。だけど彼女はそれについて何も言わず、答えだけを言ってくれた。そして答える時のその表情、時々寂しそうな表情をするんだ。すぐにぱっと隠そうとするんだけど、隠しきれてないんだ。俺は残酷なことばかり聞いていて、俺も俺で彼女にそんな表情をさせるのが辛くなってきて
だけど、最後にこれだけは。これだけは聞いておきたい。そして言っておきたい言葉があるんだ
「......昨日の言葉は何?」
「どの言葉?」
「『今日、死のうと思ったのになー...見てからじゃないと死ねないじゃない』って言葉」
「ああ、言葉の通りだよ」
「どうして....」
あまりにも平然とさらりと言ってのける彼女に言葉を詰まらせる。どうして、の後に言葉が続かない。そのどうしての後の言葉を彼女なりに解釈してくれたのだろうか、彼女は口を開く
「あたしね、こう見えてももうすぐ死ぬんだ。もう、この身体は長くない」
そう言葉を切って、でもと言葉を繋ぐ
「もうすぐクリスマスイブでしょ?もうすぐ死ぬんだと思ったら、急に昔見たクリスマスツリーのことを思い出して、死ぬんだったらそれ見てから死にたいな、って思ったの」
「何で?」
「そしたらもう思い残すことないし。やっぱり最期はキレイな思い出だけで終わらせたいよ」
「俺が聞いてるのは、そういう意味じゃない」
自分でも分かるくらい、そう言った声は低かった。彼女は頭上にハテナマークを浮かべながら、首を傾げる。...俺が聞いてるのはそういうことじゃなかった。最期はキレイな思い出で終わらせたい、そういう言葉を聞きたいんじゃなかった
これが言いたかったんだ
「どうしてクリスマスツリーを見て、もう少し頑張って生きてみようとか思わなかったの?....死ぬなんて簡単に言うなよ」
実はさっきから気づいてた。俺の質問に答える時に俺の目を見ないこと。俺の話はちゃんと目で見て聞いてくれたのに、自分の話題には目を反らすんだ
「....ねえ、明日も会えるかな?」
彼女はまた俺の言葉に返事を返すことはなかった。その代わり窓の外を見てこう呟く。そこには夕焼けが完成していて、温かいその橙色の光がこの病室にも差し込む。とても夕日がキレイだった
「明日とか言わず、毎日会いに来るよ」
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