君に会いたいよ。君に会いに行くよ
LAST CHRISTMAS
「ありがとう」
その一言だけで俺は何でもできる気がした
「....あれ、おチビ?」
「菊丸先輩、何やってんっスか」
「え、あ、んと、こんばんわーッ!」
「訳分かんないっスよ」
「...やっぱり?」
その日の帰り道のことだった。俺は久しぶりに商店街を通って帰った。その理由は明日にはライトアップされるであろうクリスマスツリーが無性に見たかったから。ただそれだけ。案の定クリスマスツリーはライトアップされてなく、それでもその大きさ、赤いリボンや鈴などで鮮やかに飾られている。それは見ていてすごいなあと改めて思った。ライトアップされた明日が少し待ち遠しくなってくる。彼女と見られたら最高なのにな、と心の片隅で思ったのは内緒であって
この前来たときよりも賑わいが増している商店街を何気なく1人で歩く。周りを見るとやはりカップルが多くて、もしかしたら自分が浮いてるのではないかと思ってしまう。...まあ、気にするタイプでもないけれど
そんな感じで周りを観察しながら歩いていると、知っている姿が目に入ってきた。....何やってんだろ。俺がそう疑問に思った人物は店のショーウィンドウに貼りついて何かを見ていた。その人物の容姿に何人かの女がひそひそ話しながら、熱っぽい視線で見ていたけれどそんなのに気づいてないようだった....俺の部活の先輩、菊丸先輩は
しかし何か視線を感じたのだろうか、突然俺の方を向いてきた。目が合ったのはお約束。菊丸先輩は、あははと何かを誤魔化すかのように俺に笑いかける。もともと嘘とかそういうのを隠すのは苦手な人なのではっきり言って顔に表れているからその行為は無駄だ。俺は半分呆れながら、その先輩を見てそれから先ほどまで食い入るように菊丸先輩が見ていたショーウィンドウに目を移す。...すぐにピンときた
だって、そこには『指輪』がたくさん飾られていたから
「....彼女へのクリスマスプレゼントですか?」
「ん、えーと、まあ、うん、一応そんなとこかな?」
「何で疑問系なんっスか」
「.....あーっ、もう誰にも見られたくなかったのに」
「....どうしてですか?」
そう言って頭を抱えながら、その場に座り込む菊丸先輩。いきなり何してんだ、この先輩と思ったのは言うまでもない。俺が疑問を口にすると、先輩がふと少し上げた顔はほんのり赤く染まっていた
「...俺がアイツのこと好きすぎるってバレるじゃん」
少しだけ俺はその言葉に驚いた。まさか菊丸先輩がそんな言葉を言うとは思わなかったから。菊丸先輩は攻めか受けかと言われたら、間違いなく完璧の前者だ。だから照れる言葉をさらりと言ったり、愛情表現が人に比べてやや大きかったり、それは学校中の誰でも知っていて、それで先輩の彼女が赤くなって照れる姿を何度も目撃したことがある
それから考えると、菊丸先輩は自分が照れるよりも人を照れさせる人である。その人が今目の前でこんなに照れたように、言葉を零す。立ち上がり、右頬を指で掻きながら俺の反応を窺っている
.....先輩の彼女、結構大物かも
俺はそんなことを思いながら、「そんなのとっくにバレてますよ」と返しておく。「うるさいやーい」とまた照れたように言葉を吐き捨てて、またショーウィンドウに視線を向ける。それからしばらく黙り込んで、何かを思いついたように俺にこう言った
「そ、そういうおチビこそ、彼女に何クリスマスプレゼントあげるんだよ?」
「....別に彼女じゃないっスよ」
「嘘つけー、桃から聞いたぞ!毎日会いに行ってるって!」
桃先輩が不二先輩以外にも言ってたという予想は見事に事実に変わった瞬間であった。ため息をつきたくなる。今度から絶対に桃先輩に話さないでおこうと誓いながら、俺はふと考えた
彼女とかじゃないけれどクリスマスを誰よりも楽しみにしている彼女にクリスマスプレゼントをあげるべきなのは分かってる
「クリスマスをリョーマと一緒に過ごす特権」
だけど彼女は俺が何欲しいと尋ねたとき、こう言った。だから....って、それはまた別の話だよな。うん。彼女はああ言ったけど...うん
俺はふとショーウィンドウに目を移した。いろんな指輪が飾られている。例えば小さいシルバーのラインストーンがついたのとか、王冠の形をしたのだとか
その時何故か急に妙な不安に駆られたので、気づけばこんなことを口走っていた
「....じゃあ、コレで」
「え」
まちにまったクリスマスイブがやってきた。やっぱり手塚部長のことだからこんな日にでもちゃっかり部活を入れていた。まあ、彼女とのデートが昼からだから午前中しかなかったけど。桃先輩は「クリスマスイブくらい別に休みにしてくれてもいいのによ」と毎日不満を漏らしていたがちゃんと出席していた。そういうところはやっぱり先輩だな、って少し思ってやらないこともないんだけど
この日は練習中、菊丸先輩と目が合うと必ず「絶対昨日のことは言うなよ」という視線を送ってくる。分かってますよ、とその度に目で言う始末だ。俺はその日極力菊丸先輩と目が合わないよう心がけた
不二先輩はと言うと、昨日何もなかったかのように俺に接する。...何か違和感を感じるけれどこの先輩に尋ねてもさらりとかわされるのが関の山だから聞かなかった。俺も俺で、普通に接した
「で、越前は?」
「何が」
「決まってんだろ。彼女とどこに行くんだよ?」
「どこも行かないっスよ」
「おいおい、連れてってやれよ」
「....できるもんなら」
「冷たいなー。本当なら、お前部活サボってでも会いに行くべきじゃね?」
「....それは彼女が許さないからムリっスよ」
.....人のこと気にしてる暇あったら、彼女を作ったらいいのに。よっぽど暇なんだろうね。そう思いながら俺は適当に返事を返した。まあ、嘘は言ってないけど
彼女とはどこにも行かない。ただ、そこに彼女がいてくれればいいんだから場所なんて関係ない。大切なのは場所じゃなくて、彼女といることだと、ガラにもなくそんなことを思ってる自分がいるのは事実
その反面こうも思う、連れて行けるもんなら連れて行きたい、彼女の行きたい場所へどこにでも。だけど彼女の身体の状態を考えると...とてもじゃないけど、連れて行けない。できるもんなら連れて行ってあげたいのに
それに彼女は俺が部活の話をすると嬉しそうに笑う。どうしてだかは分からないけど、「頑張れ」と言ってくれる。極めつけは、彼女のこの言葉だ。「部活ちゃんと休まずに行くんだよ?頑張ってね!」
「じゃ、お先に失礼します」
「おう、良いクリスマスをー」
「ウイッス」
早めに着替え終わり、テニスバックを背負い、俺は部室を出た。桃先輩がひらひらと手を振り、それに俺は頭を下げる。そして、急ぎ足で学校を後にした。その時の俺は何も考えていなかった
彼女に会いたいということ以外
病院内もクリスマスイブだからか入るとすぐにクリスマスツリーが目に入った。廊下などを歩くとリースやクリスマスらしい飾りが壁に飾られており、真っ白だった壁はいつもより賑やかに見えた。俺はいつものように彼女の部屋に行き、トントンとノックする。いつもどおりなはずなのにこの日はいつもと違った
中から彼女の声がしない
寝ているのかな、最初はそう思ってもう一度先ほどより小さくノックをした。やはり返事はない。俺はそっとドアを開けた
「.....あれ...?」
12月の冷たい風が俺の髪を撫でながら吹き抜け廊下に衝突する。いつもなら、そこに笑顔があるのに今日は何故かなかった。ベッドに座っている姿もなく、また「リョーマ」と俺を呼ぶ声もなかった
彼女がいない
「...何で....」
俺は彼女が何故いないのかその理由を知らず、ただ動揺するばかりだった。とりあえず何か彼女が残していったものはないか探そうとする。だけど、それは容易なことでベッドのすぐ傍の棚の上にあった。メモ帳に整った字で書かれてある言葉
俺はそのメモを手にとり、じっとそれを見つめた。見つめたからといって文字が変わるわけでもなく、そこに書かれていた言葉はそのままの意味だった。俺はクシャっと手の中に握り、何も考えずにテニスバックを背負いなおしながら、病室を飛び出した
....何を彼女は考えているんだろう?−−−−−『今までありがとう』だなんて
「○×病院の2112室、あたしはいつでもそこにいるよ」
いつもそこにいるって言ったじゃん。なのに、どうしていないんだよ
俺は病院を出て、彼女を探そうとした。あの身体だからそう遠くは行ってない...否、行けない。彼女が行きそうな場所なんて見当もつかないけど、一刻も早く彼女を見つけ出すことが最優先だった
「だってね、本当に来てくれたのって、貴方だけよ」
君には悪いけどそれでいいんだよ。...俺だけが君と一緒にいれれば
だって今日はこんなにも寒い。今年は例年よりもはるかに冷え込んでいて、風も吹き荒れるし、挙句の果てには雪までちらつく。彼女にこんな寒い場所にいてほしくない
「ね、見て。今マフラー編んでるんだー。看護婦さんに教えてもらってるの」
マフラーが編み終わったかどうか、俺は教えてもらってないよ
ったく、どこに行ったんだろ。肌を掠める風は冷たすぎるけれど、走っているため身体の中はとても熱い。大分距離を走ったからか、息も切れてきた。....だけど、彼女はまだ俺の前に姿を見せてくれない
「けど、見たこともないイエスキリストの誕生日よりリョーマの誕生日の方が大切だもん」
で、今日はその俺の誕生日なんだけど
ねえ、また君は俺とは違う人に会いたくなって、声をかけにいったのかな?...俺じゃ、俺が話し相手じゃ物足りないってことを意味してるってこと?...そんなの絶対認めないから
「『ありがとう』.....だよね?」
今すぐ君の温かい笑顔が見たい。外はこんなにも冷たいから
ああ言って優しく笑った表情を見たのは....ねえ、俺だけでしょ?
「ねえ、あたしをクリスマスツリーのところまで連れてって!」
.....君は待ちきれなかったんだ....?
俺がふとその事実に気づいたのは、病院を出て数時間後のことだった。冬だから昼は短くもう夜がそこに迫ってきている。腕時計を見ると、午後6時半を秒針は指し示していた
「....ったく、何だよ...アイツ....!!」
俺は走る速度を上げた。向かうは、君が待っている場所
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