君が僕の隣で笑っていた、僕は夢でも見ていたのだろうか?
LAST CHRISTMAS
これからが本番だと言わんばかり、人が溢れ返っている商店街についたのは丁度7時15分前を時計の針が指し示しているところだった。いつもより木に巻きつけられているライトの光が増し、店からは楽しげなクリスマスソングが流れている
サンタの格好をした女やトナカイのきぐるみを来た人がクリスマスケーキを売っていたり、クリスマスプレゼントを買ってもらって嬉しそうな子供と一緒に楽しげに笑いながら大人が歩いていたり、幸せそうに2人手を繋いで店の中を覗き込むカップル、さまざまな形でそれぞれクリスマスという日を楽しんでいた
俺はそんな人達で賑わう商店街の道をひたすら走っていた。途中何人もの人にぶつかったが、すみませんと謝るくらいで気にしている余裕すらなかった。部活といい先ほどからといい、走ってばかりだ。もう足は限界に近く、かなり辛い
「もし、世界で一番大切な人がいなくなるとしたら、やっぱり後悔はしたくないな」
それでも今走らなければおそらくするだろう後悔を味わう辛さより、よっぽどマシだと思った。俺は目的の場所へと必死に向かう。そこは商店街の真ん中とは言え、その商店街自体が大きいので少し距離はあった。走っている際に、もう一度腕時計へと目を移す。.....7時10分前だ
あと、10分でクリスマスツリーがライトアップされる
「.......人、多すぎ...」
クリスマスツリーの前まで来た。まだ7時にはなってないのでライトアップされていない。しかしライトアップの瞬間を見ようとする人がかなり多く、もし彼女が本当にこの場所にいたとしたとしても探すのは困難だろう。右を見ても、人。左を見ても、人。どこを向いても人ばかり。肝心の彼女の姿はない
俺は人込みをかき分け、彼女を探そうとした。かなり目つきの悪い男の人の足を踏んづけてしまって睨まれたけど、これもまた怖がっている暇はない。俺は頭を下げ、また人込みの中へと足を踏み入れた
「アイツ、どこにいるんだよ...!?」
ちっと舌打ちをしながら、また周りを見渡す。小柄な彼女のことだ。そう簡単に見つかるはずはない。今は7時5分前。あと5分でクリスマスツリーがライトアップされる。そう思うと焦りが生じてきて、とにかく目を凝らし、彼女の姿を見つけようとする
その時だった。一瞬、人と人の間から彼女に似た後姿が目に入った。黒髪のストレートヘアーの女はそう珍しくないが、俺は慎重さを忘れてまた人込みに消えてしまった彼女の方へと人込みを掻き分け急いだ。手を伸ばし、その女の手を捉える。その女は驚いたように俺の方を振り返った
....彼女だ。彼女はもう一方の手で茶色い袋を抱えて、クリスマスツリーの前に立っていた
「リョ...マ?」
「そうだけど、何でこんなところにいるの?!寝てなきゃダメじゃん!」
「....もうすぐクリスマスツリーがライトアップされるよ」
彼女は目を見開き、息を切らしている俺を見上げた。途切れながら、俺の名を呟く。周りがうるさすぎてもう少し小さければ確実に埋もれていたが、それでもその声が耳に心地よく響き、思わず安堵感を抱くが、それとは裏腹に俺の口調は厳しく、周りの人が驚くくらい声を荒げていた
彼女はそっと瞼を下ろし、それからふと儚げに笑った。その顔色はあまり良いとは言えない。明るい光の中では溶け込んでしまいそうなくらい白く、また強く握っているその手は冷たく、今にも折れそうだった。ずっとこんな中で待っていたのだろうか。クリスマスツリーがライトアップされるのを
彼女は愛しげに顔を上げる。−−−−−−彼女の瞳にはクリスマスツリーしか映っていない
「楽しみだね」
「...早く病院に帰ろう」
「絶対綺麗だよねー。早く...見たいな」
「看護婦さん達、心配してるからそれより帰ろう。来年また見れるよ」
「待ちきれないよ。まだかなあ?」
確かにクリスマスツリーは見たいけれど、それよりも彼女の身体が心配だった。俺は軽く彼女の手を引くが、彼女は動こうとしなかった。俺の言葉が聞こえていないかのようにクリスマスツリーをじっと見つめ幸せそうな声を出す
俺は先ほどより声を大きくし、また引く力も少しだけ強めた。しかし彼女はそれでも動こうとせず、それどころか彼女もまた先ほどより声を大きくする。そんな彼女の横顔には、無言の強い意志が表れていた。絶対にクリスマスツリーを見てやる、そんな強い願いが込められている
俺は何を言ったらいいのか分からず、しばらく考えていると突然周りから歓声が湧き上がった−−−−−7時丁度。クリスマスツリーがライトアップされたのだった
「綺麗....!」
横で彼女が感嘆の声を上げた。俺も俺で、その美しさに声が出ない。ただ彼女の冷え切った手を強く握り締めた
クリスマスツリーは綺麗としか言いようがないくらい、素晴らしいものだった。色とりどりの光を放ち、夜を明るく華やかなものとした。こちらが消えればあちらは点ったり、そっちが点ればこっち消える、まるで人々を魅了させる打ち合わせを行ったかのように、上手い具合に美しさで人々に魅せつけた
その灯りは、鈴やリボンなどクリスマスツリーの飾りをより魅力的に見せた。金色の飾りはその光に反射して輝きを増し、赤いリボンはどこか誇らしげに思えた。クリスマスツリーの頂上を見上げると、大きな星が一つ、夜空を背に人々を見下ろすかのように堂々と存在していた
横にいる彼女を見る。彼女はとても嬉しそうに微笑み、小さく拍手をした。その横顔がとても可愛らしく思えて、思わず顔が緩みそうになる
しかしそんな油断してる場合ではない。彼女は何か糸が切れたようにふらついた。素早く彼女の後ろに腕を回し、彼女を支える。彼女は俺にしがみつきながら、何とか立とうとしていた。その時、不意に看護婦さんの言葉を思い出す
「ちゃんの病気はもう末期で...ちゃんはもう長くないの」
「もう見たからいいでしょ。早く帰ろう。早く休まないと」
「.....あ、そーだ」
「何?」
そう思うと不安になって俺は彼女に病院に戻ろうと急かした。それなのに彼女は思いついたように俺の服を引っ張り、俺を見上げた。俺が何と聞き返すと、彼女はゆっくりと口を開き、こう言った
「リョーマ、誕生日おめでとう」
そう言うと、彼女はゴホゴホと咳込んだ。前と同じ、それはもう苦しそうに。背中を擦ろうとしたその瞬間、彼女の身体の力がいきなり抜けた。突然のことで反応が遅く、地面ギリギリで彼女の身体を支えた。......これが彼女の重みだというのなら、あまりにも軽すぎだ。また看護婦さんの言葉を思い出す
「もっと言うとね、今こうしてここに存在していることが奇跡なのよ」
.....どうして彼女は今自分が苦しい思いをしているのにこうやって他人の誕生日を祝うことができるんだろう。どうして他人より自分を優先しないんだろう。今、大切なのは俺の誕生日を祝うことじゃないだろ?どうやったらこの咳が治まるか、だろ?
.......どうして、優しすぎるコイツが苦しまなきゃいけないんだ...?
「これ...た..んじょーび...プレ...ゼントね」
苦しそうに息を切らせながら、彼女は途切れ途切れだったが確かにこう言った。そして、先ほどから大事そうに持っていた茶色い袋を俺に差し出す。俺はゆっくりと彼女からそれを受け取った。ありがとう、と呟くと彼女は優しく笑った。俺も少しだけ笑い返す。その時何を思ったのか俺は茶色い袋をそっと地面に置き、ポケットの中に手を突っ込んだ
そして綺麗にクリスマス用にラッピングされた小さな箱を取り出す。そんな場合じゃないだろうと思う自分もいたがそれ以上に今やらないといけないと思う自分がいたんだ。俺はそれを一度彼女に見せてから、片手でリボンを解き、そして包装紙をお世辞にも綺麗とはいえない破り方をし、中身を取り出した。出てくるのはクリーム色の箱で、それを開けると中にあるのは銀色の指輪
これが俺からの君へのクリスマスプレゼント
「...これは....」
「クリスマスプレゼント。手出せる?」
彼女は小さく頷くと、ゆっくりと左手を差し出した。俺は迷わず、その手の薬指に指輪をそっとはめる。その左手を彼女は自身の顔の前に持っていき、じっとその銀色を見つめてからふっと微笑みを漏らした
「...ありがとう。...すごく嬉しい...嬉しいよ....」
そう言ったのも束の間で、彼女は激しく咳をし出した。大丈夫と気軽に声をかけれないくらい大丈夫じゃなく、俺はただ何も言えずに彼女の肩を掴んで、彼女が苦しそうにしているのを見ているだけしかできなかった
少しだけ咳が治まった彼女の瞳からは大粒の涙が零れた。頬を伝い、それは俺の手に落ちた。何て、温かい涙。何て、綺麗な涙。それがどうしてこんなに....
どうしてこんなに愛しいのか
「....あたし、リョーマに...出会えて..良かったよ...」
今にも消えてしまいそうな弱々しい声で、俺にそう告げた。彼女はゆっくりと俺の顔に手を伸ばし、両手で俺の顔に触れた。その細い指先は冷たくて、泣きそうなくらい愛しくて。左手の薬指には違う冷たさがあった。彼女は目を細めて、それはそっと優しく微笑んだ
「12月24日、リョーマの誕生日はあたしの生きてる中で、一番良い日だったよ」
「大好き...リョーマ」
そう言い終わるか言い終わらないうちに、彼女の手は力が抜けたように下ろされた。今の彼女の目は閉じられていて、まるで上等な人形みたいである。俺は彼女の肩を軽く揺すった
「....ねえ、こんなところで寝ないでくれる?風邪引くよ」
彼女の瞳は開かない。俺は先ほどより大きく肩を揺すった
「ねえ、返事くらいしてよ。頷くくらいで良いからさ....」
かなり大きく揺すっても、彼女は起きないし、返事もない
「....っ....おい、!目、開けろよ!!!」
最初に彼女の名前を呼んだその声は、彼女の耳に聞こえているのかどうかも分からない。俺は叫ぶように彼女に言った。これなら彼女も起きるだろうと期待したが、その期待も外れ、彼女はうんともすんとも言わない
「おい、どうしたんだ?大丈夫か」
「早く誰か救急車を!」
ようやく周囲が事の重大さに気づいたかのように、俺達の周りに群がってきた。中年のオジサンの一声から周囲はがやがやと声に埋め尽くされる。だけどそんなの気にしなかった。それよりも彼女を起こそうとするのに必死で、周りを気にしていられる余裕などない
しばらく経ってから、遠くの方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。そして救急車が商店街の中央に到着するまでの間俺は彼女の名前を呼び続けていたが、とうとう目覚めることはなかった。救急隊員が彼女を抱えて担架に乗せ、彼女を救急車の中へ運び、すぐに病院に向かって走っていった。俺はそれを突っ立ったまま最後まで見送る。救急車のサイレンの音はどんどん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった
何かぽっかりと穴が空いたような虚しさが俺をどんどん蝕んでいく。さっきまで彼女がいて満たされた心はすっかり跡形もなく消えてしまった。はたして、彼女は大丈夫なのだろうか。虚しさと同時にそんな心配も込み上げる。だけど、不意に彼女の言葉と笑顔が頭の中に浮かんだ
「え、一緒にいてくれるの?すごく嬉しいー!ありがとう!」
−−−−−−彼女はまた明日、こんな風に笑ってくれる...だろう、きっと。そう、信じたい
「....ね、あたしさっきから見てたんだけど、あれって何だったの?」
「さー?何か純愛物語でもやってたんじゃない?今、流行ってるし」
「あー確かに」
「そうかもだけど、あたし的には純愛物語なんて綺麗過ぎてどうでもいいっていうか」
「あ、言えてる。ってか、ダサイよね。はっきり言って」
ざわめく群衆の中俺の耳にはこんな言葉が入ってきて、その声の方を向くと俺の方を見てヒソヒソと話している女が3人いた。俺はその会話に怒りという感情を覚え、無意識に身体がその人達がいる方向へと足が動く。気づくと女達の前に立ち、こんな言葉を吐き捨てていた
「これのどこが純愛物語っていうんだ?一部始終見てもないくせにそう決め付けて、ダサイとか言うなよ」
女達は口をぽかんと開き、俺を見ていた。見ず知らずの他人の俺にまさかこんなことを言われるなんて女たちは思ってもいない。ざまあみろと思う反面俺は何だか気分が悪くなり、ちっと舌打ちをしながら彼女がくれた誕生日プレゼントとテニスバックを持ち、クリスマスツリーを背に歩き出す
−−−−−何も知らないくせに、知ったような口を叩くなよ
じゃあ、もしこれが仮に純愛物語だったしよう。もし、そうだったら
「誰がこんな悲しい純愛物語をやりたがるっていうんだよ....!」
純愛だなんて聞こえはいいけど、こんな物語なんか糞食らえだ。こんな物語なんていらない。純愛だなんてそんな綺麗な愛もいらないよ
ただ君と一緒にいれれば、それだけで良かったんだ
「...俺がアイツのこと好きすぎるってバレるじゃん」
こんな風に君を好きになりたかったんだ
「....っ....」
君がヒロインなら尚更のこと
俺だってこんなヒーロー役なんてごめんだよ
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