もう欲張らないから、せめて夢の中だけでも君に会いたい






LAST CHRISTMAS
















あの後、どこにも寄らす真っ直ぐ家に帰った。靴を脱ぎ捨て、自分の部屋へと階段を上がる。親父が何か言ったような気がしたけど返事する気もなれず、部屋に入りそのままドアを閉めた。電気もつけず、テニスバッグをその辺に放り投げ、自分はベットに倒れこむ

しばらくうつ伏せになっていて、それから仰向けへと体勢を変えた。そして先ほどから自分の腕の中にあったものを上に掲げる。彼女からもらった茶色い袋だ。俺はごそごそとその袋を開けて中身を取り出した



「でしょ!全部編んだら、リョーマにあげるね」



もちろん中身は彼女が編んでくれた赤いマフラーだった。電気をつけていないため部屋は暗く、色の判別や形は分かりにくかったが、色は彼女が編んでいたのを思い出すことで分かり、形はマフラーの端っこを指で触ると分かった。編み始めはやはりガタガタだ。しかしだんだん揃ってきていることが指先から分かる

彼女の上達に少し口元を緩めた。自分の為にここまで頑張ってくれたかと思うと、嬉しくてたまらなかった。俺はそのマフラーに顔を埋める。温かい。部屋がひんやりとしているからか、余計その温かさが心地よく感じた。だからかもしれない



「......、温かいよ。このマフラー」



目頭がこんなに熱くなるのは。言葉に出来ない感情がこんなにも胸から込み上げてくるのは。それなのに満たされていた心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになってしまうのは

俺はそっと目を閉じた。頬に伝うのは何かを知らぬ素振りをしながら、とにかく今日は寝ようと思った。たくさん走り回って疲れたし、身体は休息を求めているはずだ。ふうと大きく息を吸い込んで、また息を吐く。早く寝なきゃいけない

そして明日彼女に会いに行かなきゃ。マフラーありがとうって伝えなきゃ−−−−彼女はきっとまた笑ってくれる。.....また、俺を呼んでくれるはず


















































































だんだん意識がぼんやりとしてきて、俺は夢を見た

君がいなくなる夢を



「ねえ、リョーマ。見ててね」



俺と彼女はあの大きなクリスマスツリーの前にいた。俺と彼女しかいない2人の世界

俺の腕には彼女の腕が絡められ、彼女も幸せそうに笑っている

それが、とても嬉しくなって、彼女が指差すクリスマスツリーに目を向けた

綺麗な光が一斉に点って輝きだすクリスマスツリーは、形容しがたいほど美しさがそこにある

それを見て俺は綺麗だねと呟く。...だけど、返事がない



「........?」



気づけば、俺1人クリスマスツリーの前に立っていて

絡められた腕も、幸せそうな笑顔も横に存在しなかった



?どこに行ったの...?」



ねえ、返事をしてよ。お願いだからさ

君が隣にいればあれだけ何でもできる気になれたのに、君が隣にいないだけでこんなにも不安でたまらなくなるよ


君は今何処にいる?


俺を置いて先に行かないでよ































































ふと目を開けたときには、もう窓の外は明るく世界は朝を迎えていた。重い身体を起こし、まだ覚めきっていない目を擦る。朝が弱いため、頭の覚醒が嫌になるほど遅かった。しばらくぼんやりとしていて、ふと自分が昨日そのまま寝ちゃったことに気づき、シャワーを浴びようと部屋から出た

シャワーを浴びて、頭を無理やり起こす。大分さっきよりも目が冴えて、頭が働くようになってきた。俺はまだ髪が乾ききっていないがリビングへと足を運んだ

おはようございます、と菜々子さんの明るい声に俺も頭を少し下げた。そして、自分の席につく。もうすでに俺の分の朝食は用意されていた。親父はもう先に食べてしまったようで、優雅に新聞を広げそれに目を通している

今日はクリスマスですね、何かご予定はあるんですか、と菜々子さんが俺にそう尋ねてきたから、俺は曖昧に返事しながら御飯を無理やり押し込んだ。菜々子さんは答えのそっけなさはあまりに気にしておらず、ただにっこりと笑って夜は腕を振るいますので早めに帰ってきてくださいねとそれだけを俺に言い残し、鼻歌を歌いながら後片付けをしている

今日は一日オフだった。確か今日は学校で何かクリスマスの行事が行われるため、部活を禁止されたからだ。そういえば桃先輩と菊丸先輩が手を取り合って喜んでいたっけ



「クリスマスをリョーマと一緒に過ごす特権」



不意に彼女の笑顔と声が脳裏に浮かぶ。...彼女はあれからどうしているだろうか?大分具合は良くなっただろうか?

もう二度と会えない、だなんてこと、あるわけないよね....?

俺はそんな考えを頭を振ることでそれを振り払い、彼女のいる病院に行くことにした。彼女にまだやっぱりこのマフラーは温かかったよと言ってない。まだ言ってないことが山ほどある



「.....どっか行くのか?ま、最低限家に帰ってこいよ」



当たり前だよ。そう返事をし、俺はがくれたマフラーを巻いて家を出た。この日は何故か晴れ渡っていた








































病院に着いた。クリスマスだというのに、風邪を引いている人や怪我をしている人とか病院にやってくる人は多くて、彼女のいない荒井先輩がクリスマスなんてただの25日だと部室で大声で言っていたのを思い出した

病院で働いている看護婦さんも患者を診察している医者にもそのことが当てはまると思った。彼女の部屋に行く途中、走っている看護婦さんや医者何人ものの人にすれ違う。大変そうだな、とぼんやりそう思う

彼女の部屋の前に立つ。あの時感じたのと同じような不安が胸の大半を占めて、思わず苦しくなり、大きく深呼吸した。ドクドクと鼓動が高鳴り、手から嫌な汗が出てくる

それでも、彼女が笑いかけてくれるという希望を捨てきれず、俺はドアに手を伸ばした。ガラリと開ける












































−−−−−−−−−「○×病院の2112室、あたしはいつでもそこにいるよ」





















































......いないじゃん。どこにいるんだよ

あの時と少しだけ違うのは、彼女がいない病室から感じられるのは焦りではなかったことだ。綺麗にたたまれた布団とシーツに、生気も何もない部屋。白の世界の向こうには汚れることを知らない蒼空が広がっていた。その部屋に取り残されたように立ち尽くす俺が感じたのは、ただ一つ

『絶望』のみだ



「嘘だろ....?」



俺は信じられなくて、否信じたくなくて、ドアの外に出た。そしてまた『絶望』という感情を覚える。....こんなクリスマスプレゼント、誕生日プレゼントなんていらないよ



「どうして...どうして、名前がないんだよ.....っ?!」



最初初めて来た時に確認したネームプレート。そこには確かに『』って書かれてた。見間違いなんかじゃない。だから、彼女の部屋だと分かって俺はこの扉を開けたんじゃないか。そしたら彼女が確かにそこにいたんじゃないか。少し驚いたような表情をし、すぐに笑ってくれたんじゃないか

それなのにどうして彼女の名前が消えている?まるで、最初からそんな名前なかったかのように

まるで最初から存在しなかったように



「....越前...リョーマ君?」



頭が真っ白になっていてしばらくその場に突っ立っていた俺だが、不意に名前を呼ばれはっと我に返り、その声の方に振り向いた。そこには何だか見覚えのある看護婦さんがいて何か微妙な表情を浮かべながら俺を見ていた。俺は思い切って、聞いてみる



「....は今どこにいるんですか?」



看護婦さんはその質問に言うのが辛いといったように躊躇い、そして決心したように口を開いた



ちゃんはね、昨日の夜亡くなったのよ」























































































俺はそれから看護婦さんにお通夜と葬式、そして墓の場所が書いてもらった紙を受け取り、病院を後にした。その紙をぎゅっと握り締め、俺はただ気の向くままに歩いた

病院の前の大通りを真っ直ぐに歩く。クリスマスツリーが無駄に4本も並んだ美容室の前を通り過ぎて、クリスマスリースをドアにかけている家の角を右に曲がり、そのまままた真っ直ぐ歩く。その途中可愛らしい赤と緑のぼんぼりをつけた犬が俺を見て吠えてきたけど、気にしなかった。しばらく歩いて公園に入る。サンタの格好をした男の人がたくさんの子供達に風船を配っていた。幸せそうな子供達の笑顔と嬉しそうな声。何とも言えない気持ちになって、これもまたそのまま通り過ぎた。公園を出た所を左に曲がる。巻きついている電球が昼間なのにチカチカと点る気が学ぶ木が並ぶ道をそのまままた真っ直ぐ進む。行き着いたのは、商店街の入り口だ

今日もこの商店街は賑わっていた。クリスマスだし当然だ。何度も言って飽きてきたが、やはりカップルも多い。その中に知っている姿もちらほらあった。ここでもまた幸せそうな笑顔があって、俺はやっぱり何とも言えない気持ちになった。特に声もかけることなく、俺はただ進んでいく

やはり目的はクリスマスツリー。昨日から輝いているそれは衰えることを知らなかった。まあ今は昼間なので、やはり夜の方がその輝きの勢いが感じられるのだが。俺はそれの周りを囲う円形のレンガの囲いに腰をかけた

何も考えていなかった。人々が行き交うのを、ただぼんやりと眺めていただけだった。その中に彼女はいないだろうかと考えている自分を無視しながら


ねえ、あたしをクリスマスツリーのところまで連れてって!」



あの時は本当に驚いたな。いきなり人の胸倉を掴んで、そう言うんだから



「あたし、っていうの。貴方の名前は?」



君には言ってなかったね。...本当はその笑顔に少し見とれたんだよ



「今日、死のうと思ったのになー...見てからじゃないと死ねないじゃない」



簡単にそんな言葉を口にする君に腹が立った。でも違ったんだね。言葉に残しておかなければならないほど怖かったんだ



「ありがとー!!来てくれたんだね!すごく嬉しいよー!!」



俺が来た、それだけでこんなに喜ぶなんて馬鹿げてると思ったけど...だけど、満更でもなかったよ



「あたしね、こう見えてももうすぐ死ぬんだ。もう、この身体は長くない」



死を直前にしてこの笑顔、彼女はとても頑張ってたんだ。必死で自分の中で戦ってた



「....ねえ、明日も会えるかな?」



明日だけじゃなく、毎日会いたいよ。これからも...ずっと、君の傍にいたい



「あ、そうなの?じゃあ、誕生日プレゼントにするね」



ほとんどの人にとって大切なクリスマスよりも俺にとって大切な誕生日を選んでくれて、とても嬉しかったんだよ



「神様は残酷だよ。あたしがもっと生きたいと思ったらすぐにあたしを見捨てるんだ」



あの時君はもう自分の運命を知っていたんだね。神様は残酷だと言いながら、神様を責めなかった君の優しさがイタイ



「『ありがとう』.....だよね?」



その笑顔は涙が出そうなくらい、切なくて。優しくて、温かくて、寂しくて



「....今日はもう会えないかと思ってたから...」



とても愛しかった

『彼女』とか『恋人』とかそんなのじゃない。それよりもっと大事に、愛しく思う気持ち。たぶん、こんなの言葉に出来るわけない。言葉に出来なくて、もどかしい




「....あたし、リョーマに...出会えて..良かったよ...」



全部、君のせいだよ




「12月24日、リョーマの誕生日はあたしの生きてる中で、一番良い日だったよ」



俺はまだ文句の一つも言っていない



「大好き...リョーマ」



まだ、『好き』って言ってないよ


































「それなのに......何で...いなくなるんだよ...」



俺は立ち上がった。どれくらいの時間が経っただろうか、あれだけ明るかった空が今ではもうこんなに暗くなっている。俺は少しその場所から離れた。クリスマスツリー全体が見える位置に立つ

昨日と変わらない、美しく輝くクリスマスツリー。昨日と違うのは、俺の隣に君がいないこと



「........っ...!」



呟く名前に振り向く人はもういない。彼女がもう俺を呼んでくれない、俺に笑いかけてくれないかと思うと、クリスマスツリーが歪んで見えた


























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