さようなら、愛しき人よ。君は僕の中で永遠に
LAST CHRISTMAS
鏡の前に立ち、黒いスーツ姿の自分を見つめる。つくづく似合わないなと自嘲した。変に大人ぶっている印象がある気がして、そんな自分の姿にあまり好印象を抱かなかったが仕方がない。俺はネクタイがいがんでないかを確認し、それからポケットに手を突っ込んだ。そして一枚のクシャクシャになった紙を取り出す
それは看護婦さんに書いてもらった紙。−−−−今、彼女がいる場所が書いてある紙
スーツに合わないなと思いながらも、真紅のマフラーを首に巻き、俺は外に出た。12月26日、昨日と同じように空は澄み切っていた
看護婦さんに書いてもらった紙だけを頼りにその目的地に向かう。俺の家から結構離れており、電車に乗って行かなければならなかった。目的の駅までの切符を買い、電車に乗り込む。電車から見た外の風景はいつも見慣れているはずなのに何故か新鮮に感じられた
電車を降りる。同じ東京都だと言うのに、単刀直入に言うとここは「田舎」っぽかった。高いビルは見当たらないし、趣のある住宅ばかりが立ち並んでいる。見知らぬ土地に少し戸惑ったが行くしかないので俺は歩き始めた
その場所はやはり紙に書いてあるだけでは分からず、いろんな人に尋ねた。とても親切な人ばかりで少し雰囲気が彼女と似ていた。俺はいろんな人の助けを借りて、目的地へと到着した
行こうとするとある建物が目に入る。...花屋だ。小さな店ながら綺麗な花ばかり売っていた。....花くらい買うのが礼儀かもしれない。そう思った俺はどれにしようかと目を端から端まで動かした。綺麗な花だが、どうもピンと来ない。逆に少し綺麗過ぎる気がした。どうしようかと迷っている時、ふと目に付いた赤い花。クリスマスを象徴する、見事な赤とそれを際立たせる緑が印象的なセインポチア
俺はその花を買って目的地の中に入っていった。適確な場所が分からず、失礼にも程があるくらい歩き回る。看護婦さんもそこまで知らないだろうが、聞いておけば良かった。半分後悔している時、神様が手助けしてくれたのだろうか、それを見つけた
真新しい立派な墓石、線香の煙がゆらゆらと上に昇っていた。あそこの花屋で買ったのだろうか、綺麗な花が供えられてあった。その墓石に刻まれているのは、彼女の名前
享年16歳
「....昨日はごめん。会いにいけなくて。...ってか、いきなりいなくなって、俺を混乱させたのが悪いんだよ」
そう言って俺は墓石の前にしゃがんで、そしてセインポチアを袋から取り出した
「綺麗でしょ?....、こういうの好きそうだよね」
一つ困ったのは、セインポチアが鉢植えに入っていたことだ。これじゃ綺麗な花と一緒に供えられない。俺は少し悩み、墓石のまん前じゃなくて石が敷き詰められているところにそっと置いた
「マフラー、温かいよ。これで冬しのげるかも」
はたから見たら怪しい人極まりない。しかし周りには人はいないし、俺1人。別に気にすることなんてない。まずそれが最初に言いたいことだった
俺はピカピカの墓石に触れる。冷たかった。彼女の手を握った瞬間を思い出す。冷たいその手は、心の温かな証拠だ。.....その感触を今でも覚えているよ
「...あれ?......持っていかなかったんだ?」
ふと気づくと、俺が昨夜あげた銀色の指輪が線香が刺してある陶器の横に置いてあった。俺は手を伸ばし、それを手に取る。それはあの時彼女の左の薬指にはめたはずの指輪。悲しいような、けどやっぱり彼女らしくて微笑ましく思った
「...は自由主義だしね」
君は何にも捕らわれたくなかったんだよね。白い病室にも、自分の命を蝕む病気にも、そして俺にも。こんな形ではあったけど、君は自由になれたんだ
「....俺にはこの指輪、小指にしか入らないや」
俺はその指輪を左手の薬指にはめようとしたのだが、女用のその指輪は俺の薬指に小さくて入らなかった。なので、俺はその隣の小指にはめてみる。小指になら何とか入った。少し何だかほっとした気持ちになり、俺は口元を緩めた
そして立ち上がる。見上げた空に君はもう昇華されてしまったのだろうか?こんなに綺麗に見えるのは、君が昇華され君の心が空を清くしたとガラにもなく思ってみる
「....短い間だったけど、ありがとう」
夢のように甘くて、短くて、そして儚くて。君といた数日は、いつにもなく満ち足りていたよ。心からお礼を言いたい。ありがとう、と
「まだ...正直、がいなくなったこと実感できないけど」
そう俺はまだ立ち上がれたわけじゃない。夢ならもう一度繰り返せるけど、現実だからそれは不可能な話で。その絶望に打ちのめされて、まだ顔を上げれない
だけどいつか顔を上げて、前を向くよ。だから今だけは大目に見てよね。涙が零れるのは。もともと俺はこんな涙腺弱くなかったし、こんなにも弱くなったのは君のせいだなんだからさ
「....。....俺はアンタのことが好きだった。...いや、好きだ」
そう言って手を合わせる。彼女が俺といれて幸せだったかどうかは分からないけど、俺は君と一緒にいれてとても幸せだったよ
「...今、俺が抱いてる気持ちが『愛してる』ってことだよね」
人生で最初に口にした愛の言葉は、届かないまま風に吹かれた
その日、商店街に行ってみた。あんなに大きかったクリスマスツリーがなくなっており、面影すらなかった。人々は少し冷静さを取り戻したように大人しくなって、あんなに華やかだった飾りも取り外されて代わりにもうすぐお正月だよと言わんばかりに門松や鏡もちが目立つようになっている
−−−−−世界は酷いよね。君がいなくなったというのに回るんだよ。君がいなくてもこうして時間は流れるんだよ
だけど俺は忘れない
君の笑顔、そして輝くクリスマスツリー
色褪せずにいつまでも、君がいなくなったって、覚えているよ
さようなら
君はまるであのクリスマスツリーのように短い時間を精一杯輝いていたような
そんな
俺にとって、眩しい光のような人だったよ
ありがとう
これが最初でこれが最後だから
俺が愛しく思った人は
....遅くなったけど、言うの忘れてた
M E R R Y C H R I S T M A S
聖なる夜、君と過ごせた奇跡に感謝するよ
B A C K